ブログ

【世界週報】内に強権政治、外に覇権主義を加速化するロシア2006年10月10日

内に強権政治、外に覇権主義を加速化するロシア

日本漁船銃撃や「サハリン2」の強行停止

世界週報
2006年10月10日号

前衆議院議員・藤田幸久

7月の先進主要国サミットで初のホストを務めたロシアは、「先進民主主義国」をアピールした。しかし、マスコミを寡占し、NGOを弾圧し、知事選挙を廃止して大統領の任命制にし、野党に不利な選挙制度に変えた強権政治が「もう一つのロシア」だ。この強権政治にロシアの市民社会が不屈の戦いを挑んでいる。サミット後、この強権国家は、対外的には石油やガスを武器にした脅迫外交を加速化している。北方四島海域における日本漁船に対する銃撃や、日本企業などによる石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の突然の停止命令の背景には、こうした外に向けての覇権主義がある。

目の前で公安警察が市民を拉致

 8月16日北方四島海域で吉進丸がロシアの警備局の銃撃を受け、甲板員一人が死亡した。ロシア当局の銃撃による死亡事件は1956年の日ソ国交回復からの半世紀で初の出来事である。冷戦時代にも起きなかった過剰行為に強い怒りの声が沸きあがった。9月5日ロシア天然資源監督局は、三井物産、三菱商事が参加するサハリン沖の資源開発プロジェクト「サハリン2」の事実上の業務停止を求める訴訟を起こした。「資源による脅迫」が極東にまで到来した。北海道周辺で相次いだこれらの事件は、7月のサンクトペテルブルグ・サミットのホストを務めた「先進民主主義国」にはあるまじき行動である。

 ロシアは近年、資源を武器に「国内では強権政治、対外的には覇権主義」を展開してきた。サミットをうまく乗り切ったプーチン政権がこれを加速化しているのがこうした事件の背景だ。実際私は最近モスクワでこの警察国家の乱暴な現場に遭遇した。それは、プーチン大統領の強権政治に反対する「モスクワ・ヘルシンキ・グループ」などの人権団体、「ロシア統一市民フロント」などの民主主義団体、「トランスペアレンシー・ロシア」などの汚職監視団体などがサミット直前の7月11日から主催した「もう一つのロシア」という国際会議に出席した時のことだ。

 
初日、ホテル内の会議場入り口の私の目の前で、4人の参加者が公安警察に拉致され、連れ去られた。これを撮影したドイツ人カメラマンも拘束された。二日目には会議に向かう国会議員が何者かに殴打され出席を阻まれた。事前に空港や列車内などで逮捕された参加者が全国で40人にも上る中、500人余りが“命がけで”ホテルにたどり着いた。ロシアの市民社会の不屈の意思と筋金入りの行動力である。

 出席者は「官僚のロシアから市民のロシアに」、「無法状態のロシアから法が
支配するロシアに」、「管理された民主主義から自由なロシアに」などのテーマで発言し、検閲と監視、NGO弾圧、政治的逮捕、不正選挙、移民への差別、官製汚職、環境破壊、石油とガスによる脅迫などの実態を訴えた。

 
政治関係では、カシヤノフ元首相、ハカマダ元大統領候補、イラリオノフ前大統領経済顧問、極右の「ボルシェビキ党」リモノフ党首、スターリン主義の「働くロシア党」アンピロフ党首など多彩な出席があった。しかし、ボルシェビキ党の参加を嫌ったヤブロコ党や右派連合など中道政党は欠席し、08年大統領選挙を前に野党統一行動の乱れを露呈した。

128人のジャーナリストが死亡・行方不明に

 強権ロシアの第一は、政府に批判的な新聞の廃刊、編集者の解雇、3大テレビ局の支配などのマスコミ弾圧の強化で、更に今年は「メディア法」を修正して報道管制を強めた。「国境なき記者団」の「プレスの自由ランキング」(04年)では、ロシアは167カ国中140位。また「ロシア情報公開擁護財団」によると、ここ6年間に128人のジャーナリストが死亡や、行方不明となっている。東京新聞は「女性記者が、飛行機の中で紅茶の毒物で暗殺されかかったり、『国防省の情報局員』から彼女の息子に脅迫電話が入った」というルポを5月に報じている。ある日本人記者もロシア外務省から「政府批判の記事だ」と訂正を求められた。断ると「法に基いて、ビザを剥奪することもできる」と脅されたという。

 
会議では、ジャーナリスト組合のヤコヴェンコ書記長が、年内に独立のテレビ局を開局して「異なるニュース」を配信すると宣言して気勢を上げた。しかし9月には政権に近い企業家が独立系の経済紙コメルサントの買収を決定し、08年の大統領選挙に向けてメディア支配が着々と強化されている。

 第二は、今年導入されたNGO規制強化法だ。約45万のNGOが、税務当局と連邦登録局の両方への年次会計報告を義務づけられ、政府が「国益に反する」と認定すればNGOの処分も可能だ。サミット直後には、過激主義の取り締まり改正法案が通過した。今後、会議参加者への報復も予想される。

 
第三は、地方の知事や野党に対する統制強化だ。04年に知事の直接選挙を廃止して大統領の任命制に変えた。また咋年は選挙法を改正して、野党議員が少人数残る小選挙区を廃止して比例代表制に一本化した。野党の当選は極めて困難になり、三分の二を占める与党「統一ロシア」の下院支配が強化された。またロシアの選挙監視団体やマスコミが開票作業に立ち会うことも禁止された。
こうしたロシアの強権主義に対する批判が欧米諸国から高まり、サンクトペテルスブルグでのプーチン大統領との会談を前に、ブッシュ大統領はロシアのNGO代表たちと会談し、民主主義支援を表明した。しかし、イスラエルのレバノン侵攻、北朝鮮のミサイル発射、イランの核問題が相次ぎ、議長国ロシアを尊重せざるを得ないブッシュ大統領は、結局「ロシア型の民主主義が存在する」と認めざるを得なかった。しかし、民主主義国、世界貿易機関(WTO)加盟国、経済協力開発機構(OECD)加盟国といったサミット参加の要件を満たしていないのがロシアの実態である。

「サハリン2」は資源国家管理の脅迫外交

 サミット後、プーチン政権は、対外的な覇権行動を加速化している。天然ガスや石油などを武器にした「脅迫外交」である。反ロシアのウクライナに対する天然ガス輸出禁止やリトアニアに対する原油供給長期停止、アメリカの牛肉と鶏肉の輸入枠拡大合意の白紙撤回通告やボーイング社航空機の購入中止の脅しなどの“ムチ”と、ギリシャ、ブルガリアとのパイプライン建設合意、インドネシアやミャンマーでの資源開発、イランの原子力発電所建設協力や反米ベネズエラへの新型兵器売却、中国の進出を警戒する中央アジアでの原子力燃料施設建設などの“アメ”を使い分けている。7月のサミットでプーチン大統領は、小泉首相による太平洋パイプライン建設要求を拒否する一方で、東シベリアの油田開発への参加を求めて揺さぶりをかけた。

 
「もう一つのロシア」会議の精神的支柱で、人権活動の母アレクセーバさんが「石油大手ユコスの社長が逮捕されたように、権力の次のターゲットは民間企業だ」と予見したように、サミット後プーチン政権は経済の国家管理を次々と強化している。9月に入り、二大アルミ地金メーカーの統合、国営海運二社の合併などが明らかになった。これで原油・天然ガスのパイプラインと海上輸送の国家独占がほぼ実現する他、航空機、航空会社、造船、鉄鋼、軍需産業などの統合計画も進んでいる。

 
07年の予算案で国防費と国内治安関係費が上位二位を占めることもこれらの動きを裏付けている。ソ連崩壊後中止されていた原子力潜水艦の建造の再開の他、米軍とのロシア内での軍事演習の中止や、米国との中距離核戦力(INF)全廃条約脱退の脅しにまで踏み出している。

 
今回の「サハリン2」の停止命令は、こうした国家管理の動きを外資系事業にまで拡大したものだ。エリツィン時代に結ばれた生産分与協定(PSA)に基くこの事業は、外資100%で所有権や税制面でも外資側に有利。森林伐採や生態系の破壊なども国際環境NGOが指摘してきた。しかし、政府系独占企業ガスプロムが権益拡大とLNG技術取得を狙っているのは明白だ。日本の出資企業などが株の一部を同社に譲渡して妥協を模索する一方、外国投資熱の冷却を恐れるロシア経済発展貿易省は事業継続を求めている。「脅迫外交」によらない道がロシアの長期的な国益でもあり、両国政府も収拾に当たるべきだ。

北方領土問題と安全操業の仕切り直しが急務

 しかし、今回の拿捕事件の根本原因は、ソ連の侵攻によって起こった北方領土問題にある。昨年モスクワでの対独戦勝60周年記念式典に出席した小泉首相が日ロ間の戦後処理が未解決であることに触れなかったり、北方領土返還要求大会に連続して欠席したのは失敗だ。拉致問題とも類似性のあるこの問題を、拉致問題と同様にあらゆる国際舞台で取り上げるべきだ。「領土の拉致問題」としての主張も展開できる。9月9日プーチン大統領が、袴田茂樹氏などに2年前の中露国境画定交渉解決に触れた上で、「北方領土問題を双方の努力と妥協で解決したい」と述べたことを安倍晋三首相は新たな出発点とすべきだ。

 一方、安全操業に関する抜本的な仕切り直しが急務だ。吉進丸が領海侵犯し、
密漁していたことは、9月21日の公判で坂下船長が認めた。四つある根室の漁業協同組合の中で、吉進丸の組合には様々な噂があることも周知である。日本ばかりでなくロシア側による稚内沖などでの漁場荒し、密漁黙認の代償に情報や物資を提供していたソ連時代の「レポ船」(スパイ密漁船)、ロシアのマフィアや日本の暴力団の関わりなど、伝えられる不透明性の清算が第一歩だ。目先のそして一部の人々の抜け駆けによる利益追求が国益や命すら失いかねないことが今回判明した。プーチン政権はマフィアの利権構造にもメスを入れており、お互い襟を正して出直す好機だ。これまでの銃撃の自制や密漁取締り協力など民間主導の非公式な取り決めに代わる、両国政府による本格的な合意を目指すべきだ。

先進民主主義国ロシアへの道

 前述のアメとムチによる脅迫外交に加え、ロシアはハマスの経済援助を行う一方で、イスラエルの人工衛星打ち上げ支援を行うなどしたたかなバランス外交を展開している。東アジアでも、中国、韓国、北朝鮮とことごとく関係を悪化させた日本と異なり、ロシアはこれらの国々及び日本と概ね良好な関係を維持している。こうした相手には、つけ込まれる目先の下心や“不用意な借り”を慎むことが第一だ。

 
前述の会議の前に、ロシア政府は他のG8諸国に対して「出席すれば、ロシアに対して非友好的とみなす」と圧力をかけた。しかし、それにも屈せず米国の国務次官補、英国とカナダの大使、日本の公使などが出席した。英国大使は「言論の自由や環境などに取り組むロシアのNGOを支援し、それを大使館のホームぺージに公開する」と演説した。各国の政府、市民、マスコミなどの連携によるこうした継続的支援が、市民が弾圧から生き残る「命綱」である。

 
プーチン政権は、国民に嫌われた共産主義のソ連政府とは異なり、約70%の支持率を誇る。しかも、エリツィン時代の外貨依存の経済政策による貧富の拡大や財閥支配に対する反発などもあって、欧米を困らせる強硬な外交をロシア大衆が拍手喝采している。しかし、資源外交の弊害、世界の長者番付100人の12人を占める成金経済、統治不能な腐敗、強権政治などの矛盾はやがて噴出するであろう。
我々にできる地道で有効な対策は、こうした絶望的な状況の中でも命がけで戦う市民に対する国際社会の連携した支援だ。それが、ロシア社会が伝統的に法治主義や言論の自由といった民主主義の原則を疎む傾向や、権力への忍従体質、人権意識の希薄さを超えて先進民主主義国として共通の価値を共有することにつながる。これこそが、尊敬される大国ロシアへの道である。