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陸前高田、大船渡訪問。サッカー長友と遭遇2011年06月19日

東日本大震災の100日に当たる18日、岩手県の陸前高田市と大船渡市、そして宮城県の気仙沼市を視察しました。

東京駅6時21分発の新幹線では、石巻市の慰霊祭に出席する西岡参議院議長、石巻を訪問するインドネシアのユドヨノ大統領の先遣隊と一緒になりました。しかも衆議院の東日本大震災復興特別委員会の黄川田徹委員長と偶然隣の席となりました。黄川田さんは、陸前高田市の津波で奥様、長男、奥様の御両親を失われたにも拘らず、復興基本法をまとめ国会に提出するなど頭の下がる活動をしています。「今までに明治29年、昭和35年のチリ地震津波、そして今回と3回津波に襲われたが、明治29年には8歳の娘のみが生き残った。今回も息子が亡くなり、娘たちだけが生き残り、女系家族が家を継ぐとことになりった。これだけ津波の被害に遭い続けても、どうしても海の匂いのする所に住みたいという何世代にもわたる血が流れているんですね」という言葉に、悲しみを乗り越えて国の再建にあたるという強い決意を感じました。

【戸田市長】

大船渡市の戸田市長は、「市内11地区毎に住民の生の声を聞く会を開催している。水産業の再建には、漁業、市場、加工、小売などの総合的な支援が重要だ」と強調されました。

【戸羽市長】

奥様を亡くされた陸前高田市の戸羽(とば)市長は、「以前から国、県、市町村の三者会合を要請してきたが、本日やっと実現した。こうした調整や、国の窓口の一本化を進めて欲しい。情報共有と速やかな実行が必要だ。他方、国土交通省の地元責任者が、何でも言って下さいと他省庁の仕事も含めて対応してくれているのが有難い」、と述べました。

【左から菅沼市議、大島地区振興協議会白幡会長、藤田、加藤副市長、ロッツ富山さん】

宮城県気仙沼市の加藤副市長、菅沼市会議員などからは気仙沼大島の状況などについて伺いました。昨年2月の津波で養殖場が被害にあい、2重ローンで再スタートした業者が、今度の震災で3重ローンの状況にあります。この孤立した島に対する様々な支援が急務です。

陸前高田では震災100日の慰霊祭が普門寺で行われました。そして、身元不明の三百体余りの方々の供養を行いました。曹洞宗の僧侶が、「本日は卆哭(そつこく)の日です。哭とは、強い悲しみの叫びであり、これを超えて新たな道に進もうという意味です」という言葉が染み入りました。

【陸前高田市のプレハブ仮庁舎前にて。左からロッツ富山さん、藤田、八木澤商店河野社長、陸前高田ふるさと大使の大坂さん】

 今回の訪問も、ロッツの富山さんが同行してくれました。彼は、(支援が行き渡る)避難所以外の自宅での被災者、仮設住宅に移った被災者などへの食料支援などをきめ細かに行っています。また、陸前高田では薬局が一つもないので、仮説の薬局の開設に取りかかっています。八木澤商店の河野社長は、工場がほぼ全壊したにも拘わらず、自分の給料を返上して40人の社員の雇用を守ると宣言して、OEMによる事業を行っています。

 

  帰りの新幹線ではプロ・サッカーの長友選手が後ろの席に座りました。山元町での支援活動での帰りとのこと。うれしい偶然続きの一日でした。

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