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2017年08月16日NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」を拝見しました

 NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」を目を皿のようにして拝見しました。
「史上最も無謀な作戦」、「死者3万人の白骨街道」といった実態が当時の映像と生存兵の証言などで生々しく描かれていました。「数え切れないほどの日本兵が自殺を図って崖へ飛び込み死んでいった」といった映像の最後に、96歳の生存兵の一人による「国家の指導者の理念に疑問を抱く 望みなき戦争にこれほどの非参事があろうか」という声を絞るような叫びに、指導者が責任をとらない日本の成り立ちが今も続いているかと愕然としました。
昨晩の「樺太の地上戦の記録」では軍隊幹部は多く生き残り、亡くなったのは民間人や下級兵士が多くであったという実態が描かれていました。
 私にとって、インパールは特別の経験があります。1975年から2年間私はMRAの青年親善使節でアジアの青年約50人と世界中を歴訪しましたが、その中にインパールやコヒマ、ミゾラム、ナガなどの少数民族の青年たちが数人おり親しい友人が沢山できました。この地域の人達は黄色人種、クリスチャンが多く、日本人とそっくりな顔立ちをしています。デリーを中心としたヒンズー教やイスラム教の褐色人種と異なり、インドからの独立運動をしている人々も多く親日的な人ばかりでした。
 またインパールで戦った元イギリス兵とオーストラリアで会ったことがあります。彼から「憎き日本兵の軍服からはぎ取った日章旗を持っていたが、後にイスラム教のパキスタン人と結婚したのがきっかけで日本兵を許すことができた。その証しとして日本庭園まで造った。その日章旗を兵士の母親に渡してほしい。息子さんは立派に闘った、と母親に伝えてほしい」と頼まれ、帰国してその兵士の妹さんにお渡しした経験があります。
 戦争を始めるのも、終わらせるのも政治家で、苦しむのは双方の民間人と兵士である、とつくづく感じます。「戦争を起こさせない世界を作ることが最も大切です」と北茨城市の戦没者追悼式で申し上げました。
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