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  • 【2011年4月18日】

     15日は、福島県の二本松市に、福島原発の関係で退避している浪江町の馬場町長や議会議長他を見舞いに訪れました。これまでに政府の方針で避難場所を3度も変えなければならず、疲労困憊の様子。避難直後には雪が降り、毛布にくるまって暖をとったとのこと。一日におにぎり1個の日も続き、今でもカップめんなどの日々。


     


          


        左から浪江町議会議長、浪江町馬場町長       浪江町役場(左は榎本貴禎さん) 


        右端が榎本松寿さん


     


     特に以下の要望を受けました。


    1原発の実際の状況の情報開示。初動対策の失敗も明らかにすべき。当初から海水注入を行うべきであった。


    2漁民のために、海に流した汚染水の安全宣言をして欲しい。


    3原発が立地する4町村に比べ、浪江町など隣接町村は、政府からの財政支援などが少なかった。今回の被害は両者の間に差は無いのだから、人口比に基づいた平等な支援をして欲しい。


     


     浪江は、原中勝征日本医師会長が高校時代まで生まれ育った故郷。様々な支援物資などを送り続けています。多くの避難民は最近、ホテルや旅館などに避難したが、町長などは仮庁舎内で雑魚寝の毎晩。副町長が過労でこの日の朝入院したとのこと。何よりも住民の生活を優先する馬場町長の人柄に心を打たれました。


     


               


                          右端が大熊町鈴木副町長


     


     次に、裏磐梯に避難している大熊町の鈴木副町長他にお会いしました。福島原発が立地するこの町からは、地震直後から“着の身着のまま”で避難したひとがほとんど。原発の被害を知らされずに逃げたため、すぐに戻れると思ったとのこと。貴重品や位牌などを取りに一時帰宅をさせて欲しい、との強い希望が避難民から寄せられました。


     


          


                女川の被災地               自衛隊14旅団菅野幕僚長             


     


     16日は、宮城県の石巻と女川を訪れ、福助が提供してくれた靴下やストッキングなどをお届けしました。


     


     女川では、自衛隊第14旅団を視察し、菅野幕僚長の説明を受けました。四国から2日がかりで到着したこの部隊は、不明者捜索、遺体収容・運搬、入浴支援、巡回医療、給水・給食支援、瓦礫処理、物資輸送などを幅広く担っています。「全ての活動は被害者のために」、「まげねど!女川・石巻」をモットーに頑張っている姿に心から頭が下がりました。


     


         


            自衛隊14旅団本部内        毎週物資を運んでいる富山泰庸さん(左)


     


     私は自衛隊ヘリが空中からの注水活動を行った際に、賞じょう費(弔慰金)をイラク派遣や海賊対策と同じように9千万円に引き上げるよう政府に要請して実現したことと、遺体処理などの手当ての引き上げを要請していることを報告しました。


     


     今回は、様々なボランティア・グループをネットワーク化して、312日以来現地で支援活動を行っている富山泰庸http:/tomiyama.laff.jp/さんと、防災キッズや非常食の啓蒙活動を行っている榎本松寿さん親子が同行してくれました。


     


     今後とも、政府の目の届かない分野での支援活動を行って参ります。


     


               


                     支援に向かう茨城県北部郵便局長会の皆さん


     


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