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元BC級戦犯者の李鶴来さん逝去2021年03月28日

28日韓国・朝鮮人元BC級戦犯者の李鶴来さんが逝去されました。96歳でした。李鶴来さんは、日本の戦争責任を負う形でBC級戦犯となり死刑判決を受けましたが、その後減刑。戦後は、同じ境遇の韓国・朝鮮人元戦犯者仲間と共に日本政府の対応を求め、訴え続けてきました。
第二次大戦中、日本軍は捕虜監視員を朝鮮・台湾の青年から募集。朝鮮からは約3000名が、タイ、ジャワ、マレーなどに送られました。当時17歳だった李鶴来さんは泰緬鉄道の建設現場に配置されますが、2年の契約は守られることなく、そのまま敗戦を迎えます。
戦後、連合国は戦争裁判で、日本軍の「捕虜虐待」を厳しく裁きました。しかし、捕虜の使役や食糧・医薬品の不足に対し、何の権限もない最末端の軍属にできることは限られていました。問われるべきは日本政府と軍の捕虜政策でしたが、148名の韓国・朝鮮人が戦犯となり(刑死者23名)、うち129人が捕虜監視員(刑死者14名)でした。
彼らは罪は「日本人」として負い、しかし1952年のサンフランシスコ平和条約発効後は、「外国人」として一切の援護から排除されました。生活苦から2名が自殺しています。
李鶴来さんが最後まで願ったのは、刑死者に報いてほしい、ということでした。生き残った者には、運動の結果いくばくかの生業資金などを引き出すことはできましたが、日本政府は刑死者には何もしていません。「誰のために、何のために死ななければならなかったのか」――死刑囚として8カ月間過ごした李鶴来さんはその無念 を自らに引き受け、闘い続けました。そして、日本人の道義心に最後まで期待をしていました。
私は、国会や日韓議連、国際IC議連などでこの問題を度々取り上げ、BC級戦犯の皆さんを支援する法案も作成し、野党内では合意を得て、日韓議連では支援も得ていましたが、政府を動かすまでには至りませんでした。
李鶴来さんの弔いの意味も含め、法案の成立を政府関係者や国会議員の皆さんに働きかけて参ります。
李鶴来さん。本当に長い間、本当にお疲れ様でした。遺志を継いで参ります。