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2007年08月25日茨城県戦没者追悼式で追悼の辞を述べる

 茨城県民文化センターで開催された茨城県戦没者追悼式に出席しました。

  橋本昌茨城県知事、狩野安茨城県遺族会連合会会長、遺族代表などに続き、政党代表が一人ずつ追悼の言葉を述べましたが、私は民主党を代表して、以下のような言葉を述べさせていただきました。

 

 

 

 

 

 

                                                  追悼の辞

 

本日ここに茨城県戦没者追悼式にあたり、先の大戦においてかけがえのない命を捧げられ、ご家族を守り、わが国の復興の礎となられました五万八千余りの御霊に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

   戦後、焦土の中から日本が驚異的な復興を成し遂げ、以来六二年間も戦火を交ええることなく今日の繁栄を築いた偉業は、遠い異郷の地で亡くなった御霊のご加護、ならびに、ご遺族を初めとする先人のご努力の賜物でございます。

 

私は、世界の多くの紛争地域で対立する人々の仲介活動や、難民の支援活動を行って参りました。そうした世界から見る日本の戦後の奇跡が、他に全く類を見ないことを実感したものです。

 

しかし、戦後生まれの人々が四分の三以上を占める今日、戦争があったという事実や、広島、長崎の原爆、茨城県内各地の空襲や艦砲射撃なども全く知らない人も増えております。残念であります。

 

私は二十年ほど前、インパール作戦で日本兵と戦った元イギリス兵と出会うことがありました。彼は、全員が玉砕した日本兵の壮絶な戦いを恨み、戦死した日本兵の軍服に縫い込まれた日章旗をはがし、勝利の印として持ち帰りました。しかし、後にパキスタンの女性と結婚した彼は、恨みを捨てることを決心し、自宅に日本庭園を作り、日本を愛することを決めたのです。そして、その日章旗を私に手渡し、「是非この若い日本人兵士のお母さんを探し出し、あなたの息子さんは見事に戦いました」とお伝え下さい、と頼まれました。私は、その兵士の妹さんを群馬県に探しあて、その遺品をお渡しすることができました。

 

「国のために戦う兵士の想いに国境はない。家族を失う遺族の悲しみにも国境は無い」と言われます。そして「戦争を起こすのは兵士ではなく、国の指導者である」とも言われます。戦争を起こさせない政治を日本でも、そして世界でも実現させねばなりません。そうでなければ英霊や、ご遺族の皆様のご恩に報いることはできません。

    

ご遺族の方々もご高齢を迎えておられます。時間がございません。紛争やテロ、核実験が増え続ける世界に、平和をもたらす動きを加速すべきです。先ず、アジアやシベリヤ抑留者などの遺骨収集事業を継続すべきです。また、唯一の被爆国として、核廃絶の動きをもっと積極的に世界に発信すべきです。そして、日本人としての誇りと、悲惨な戦争を繰り返さない決意とを、次の世代に引き継いで参ります。

 

そのためにも、本来の日本の伝統である、家族が助け合い、お年寄りやふるさとを大切にする社会を作り直すことが第一歩です。 

 

 最後に、アジアとの信頼を基に、平和実現のために全力を尽くすことを御霊の前にお誓いし、ご臨席の皆様方のご平安を心よりお祈り申し上げ、追悼の辞とさせて戴きます。

 

平成19年8月24日

                                                                             民主党県連副代表

                                                                             参議院議員        

                                                                                  藤田 幸久

 

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