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アファナシェフ・ロシア連邦大使を訪問2015年06月23日

 民主党シベリア議連の長妻昭会長、那谷屋正義事務局長と共に、副会長である私はアファナシェフ・ロシア連邦大使を訪問しました。
 長妻会長からは、シベリア抑留について、国立軍事公文書館などから資料をいただき、その中から日本人の情報を選別しているが、死亡者情報を確定させるのに困難を極めている。ロシア国内法の規定で日本の研究者らが見せてもらえない資料も多いと聞く。日本政府は厚労省と外務省が所管しているが、全容把握にはほど遠い。約1万2千人の死亡者の特定もできていない。可能な範囲で便宜を図っていただくなどの協力をお願いしたい、と申し入れました。
 私は、ウラジオストックの墓地を訪れた際に、地元の方々がよく墓地を整備していて歓迎して下さり、遺族や関係者も感謝していた。逆に日本政府は米豪蘭など連合国の元捕虜や遺族を日本に招く事業をやっている。私も手伝っているが、米国からは今秋も平均90歳を越える元捕虜26人も来日する予定で、各地でよい交流をしている。名簿や資料の調査だけでなく、和解をめざした交流も日ロで行ってはどうか?プーチン大統領が来日する際には、抑留問題への言及があるとよいと思う。と述べました。
 また、那谷屋事務局長からは、2010年の特措法で、限られた範囲だが日本側で約200億円の補償を行った。課題は、実態解明と次世代への継承に移ってきている。との説明がありました。
 そして最後に長妻会長から、8月23日に毎年追悼式典を元抑留者らが中心になって千鳥ヶ淵で行っている。戦後70年の今年、ぜひ集いに参列、できれば挨拶いただきたい。との要請を行いました。
 アファナシェフ大使からは、ロシア側も2千万人以上が犠牲になり、悲惨な体験をした。私の父も戦争に行った。バイカル湖の東のチタで育ち、抑留のことは知っている。今年は8月初めはモスクワに帰っているので、広島には行けないため、4月に広島を訪れ、市長にも会ってきた。長崎はまだ行っていないが、広島とボルゴグラード(旧スターリングラード)は姉妹都市になっていて、毎年8月6日にはボルゴグラードでも追悼式典を行っている。ともに戦争によって壊滅的な悲劇を体験した都市としてつながっている。8月23日は、私が東京に戻っていれば必ず参列するし、戻っていない場合は代理の誰かを参列させる。
 ぜひロシアを訪問して、議員同士の交流をしてほしい。とのお話しがありました。

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