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スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部被災地調査団『報告書』2005年02月14日
活動報告
民主党スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部
被災地調査団(報告書)
2005年2月14日(月)~2月19日(土)
- 目的
スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部・被災地調査団は、被災諸国の中でとりわけ甚大な被害を被ったインドネシア、スリランカを視察し、緊急支援や今後の復旧・復興に向けた政策立案への反映を目的として、現地の被害状況やニーズ、展開中または企画中のプロジェクトを調査する。 - 調査団構成
団 長: 鳩山由紀夫 「次の内閣」ネクスト外務大臣、衆議院議員
スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部長代理団 員: 藤田 幸久 国際局長、衆議院議員
スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部事務局次長
榛葉賀津也 参議院政策審議会副会長、参議院議員
スマトラ沖大地震・津波災害救援対策本部委員随 行: 鈴木 賢一 国際局・調査局副部長 - 調査団日程
2月14日(月) 11:25 成田発(日本航空725便) 17:05 ジャカルタ着(インドネシア) 18:30 飯村大使夕食会 2月15日(火) 06:20 ジャカルタ発(ガルーダ航空190便) 11:15 バンダアチェ着(橋日本政府臨時事務所長同行)
避難民キャンプ、自衛隊医療活動、被災地現場の視察、日本政府アチェ臨時事務所訪問(国連植木報道官同席)、ピース・ウインズ・ジャパン(PWJ)救援活動現場の視察、ザイナル・アビディン病院(AMDA支援)視察、アズワル・アチェ州副知事と会談、赤十字国際委員会フサジック事務所長訪問19:20 バンダアチェ発 23:30 ジャカルタ着 2月16日(水) 08:00 アグス・ソレワ氏(ワハナ・コムサガマ社)との朝食会 10:00 アルウィ・シバブ国民福祉担当調整大臣との会談 11:00 邦人記者との懇談(9社参加)
インドネシアからスリランカへ移動20:50 コロンボ着(スリランカ)、大使館ブリーフ 2月17日(木) 08:30 ラージャーバクサ首相との会談 10:30 ゴール着(チャーター機)
被災地ゴールの視察(「難民を助ける会」同行)14:30 ゴール発 17:00 ウィクラマシンハ元首相(野党リーダー)との会談 18:00 アムヌガマ財務計画大臣との会談 19:00 ブラッカー・ノルウェー大使との会談 20:00 スリランカ閣僚及び与野党議員との懇談会(ザルク・マリカール氏宅) 2月18日(金) 09:30 アンパラ着(須田在スリランカ大使同行/チャーター機) 09:50 アンパラ州アベイウェラ知事ブリーフ
被災地アンパラの視察(昼食時にダヤラトナ前保健大臣と懇談)15:45 アンパラ発 17:00 アーリヤラトナ博士「サルボダヤ運動代表」との会談 19:30 須田大使、JICA、青年海外協力隊との夕食会 21:40 タミル・イーラム解放の虎(LTTE)関係者との会談 23:59 コロンボ発(スリランカ航空454便) 2月19日(土) 11:50 成田着 - インドネシア視察編
【(1)アチェ市内被災地視察】
◆現状
- 今回の津波は広島の原爆の30万倍のエネルギーになり、その速度は、スマトラからスリランカまで約2時間で到達しており、時速700KMの速さであった。
- 視察したアチェ州は、インドネシアで最大の被害を受けた地域であり、死者、行方不明者を合わせると23万人、被災者は40万人にのぼる。面積は九州よりやや小さいくらいである。その海岸線の9割の市町村が被災した。
- 海岸から内陸へ3キロから4キロメートルに及ぶ地域が津波にえぐられ、原爆投下後の広島か、じゅうたん爆撃された東京大空襲の状況に近かった。
- 瓦礫の中には今でも多くの遺体が放置され、毎日数百人ずつ死亡者の数が増えている。
- アチェ市は人口の半分が亡くなり、生き残った被災者でも肉親を失わなかった人は誰もいないといわれる。市全体が津波のトラウマに冒されている。
◆今後の課題- 被災者が最も心配していることは、自己の土地所有権問題である。災害によって個人の土地登記証が紛失した上、市役所などが管理していた資料も水浸しとなり、記載内容を確認できないでいる。
- さらに、政府や州では、海岸から2キロメートル内陸まで土地の個人所有を認めない計画を検討している。災害の被害に加えて被災者は、土地所有に関する新たな問題に直面している。
(アチェ市海岸付近 鉄筋やレンガ作りの繁華街や高級住宅街も根こそぎ流された)【(2)避難民キャンプ視察】
バンダアチェ到着後まず訪問したのは、国営テレビ局敷地内に設置された避難民キャンプであった。アチェ市人口26万人の中、4万人が死亡し、6万人が行方不明、4万人が避難民になっている。視察したキャンプは4千名を収容していた。アチェ市保健局の女性職員がキャンプ内を案内してくれた。
◆現状- キャンプ運営は保健局職員に加えて、国内外からのボランティアの協力で行われている。
- 避難民への食料は全て支援品であり、米、パン、野菜、缶詰などを配給している。現在物資は倉庫に十分貯蔵されていた。
- 被災から1ヵ月半が経過し、帰還する人と残ろうとする人がいる。帰還できない人向けに仮設住宅の建設が予定されている。
- キャンプ内には、3歳から6歳児を対象にした仮設幼稚園がある。テントを教室に、20数名の児童が学ぶ。子供の大半が両親や肉親を失っている。6名の教師の中にも避難民がいる。授業を行うテントに入ると児童が笑顔で視察団を迎えてくれた。この子供 たちは夜になると寂しさ、悲しさで泣き出すという。
- キャンプでは児童の親の捜索の他、家族を失った子供を孤児院に送ることも行っている。
◆今後の課題- 避難民は、食料や生活品ではなく、資金援助、それも1軒1軒を対象にした小口援助を要望している。その資金を元に仕事を再開し、避難所生活から元の生活に戻るためである。
- キャンプ運営に携わる保健局職員は、災害トラウマに悩む避難民の心のケアーに携わる人材の確保を要請している。
- 幼稚園では教科書は足りているが、鉛筆やノートなど文房具が不足している。
- 孤児が急増し孤児院が不足し、孤児へのケアーが行き届かない。
(被災児童、教師の方々と仮設幼稚園の前で)【(3)アチェ州アズワル副知事との会談】
◆団側- 支援は緊急援助から中長期的な援助に移りつつある。日本は5億ドルの緊急支援を行うこととした。野党であるので約束はできないが、今後更に中長期的な支援も行いたい。
- 避難民の中には元々住んでいた場所に戻りたい人もいる。海岸から2キロ以内の範囲には家屋を建設させないとの計画があると聞いているが?
◆副知事- 時宜にかなった日本の支援に感謝している。自衛隊のヘリや医療支援、日本のボランティアの支援にも感謝している。
- 現在政府をあげて、遺体の捜索をはじめ、避難民への食料、医療及び仮設住宅の支援を行っている。学校、病院、市場、道路の復旧にも努力している。
- 3ヶ月、1年といった期間のマスタープランを作成中である。10の作業部会を立ち上げ、法制度、治安などの分野で議論を進めている。支援を効果的に使いたい。
- 避難民の支援と同時に、工場建設や資材の現地調達などを進め、地域経済を活性化させ、雇用を促進し、州民の生活レベルを向上させたい。1万の仮設住宅を建設したが、そのうち2千の資材は現地調達した。6万の仮設住宅が必要である。
- 海岸から2キロは遠すぎであり、500メートルが妥当ではないかと考える。
- 元住民に(土地買収の)補償をする金額は高額となる。マングローブや椰子を植えたり、堤防を築いたり、アパートを建てたり、組み合わせることが良い。
(アチェ州アズワル副知事)【(4)シバブ国民福祉担当調整大臣との会談】
◆団側- 今回の災害に対して、いち早く外国の軍隊、NGO、政治家を受けいれたことに感謝したい。これまで政治的環境によりNGO活動が自由でなかった地域においてもNGOの活動が展開されて素晴らしい。
- 日本政府は5億ドルの支援を行ったが、中長期的復旧・復興支援を考えると、もっと大きな支援が必要なのではないか。
- 具体的な分野における協力要望はないか。野党ではあるが、超党派で対応しているので要望を伺いたい。
- GAMの問題については、日本政府がインドネシア政府と協力して平和裏に解決していければ良いと考える。
- 海岸線から2キロメートルは住宅を建てない計画があるが、一人ひとりの住民の要望をよく聞き、もう少し柔軟に対応するべきではないか。
- 今後の復旧・復興にあたり、各国、国際機関、NGO等が総力を結集し、包括的にアプローチする必要があるのではないか。
◆調整大臣- 日本政府からの今回の被害に対する多くの支援に感謝している。アチェ復興に役立っている。また、自衛隊の派遣も支援活動の支えになっている。日本は多くの国の中で最初に援助してくれた国である。
- 現地では緊急対応から復旧・復興の段階に入っている。家を失いテントに住居している避難民用の仮設住宅を建設し、昨日から仮設住宅に移動してもらっている。この事業を3月15日までに終える予定である。
- アチェの復旧・復興については、日本を含む各国からの援助を使い進めていく予定である。アチェの再生はアチェ住民にとって利益のあるものでなければならない。住民から各専門家に至るまでアチェ関係者全般が納得できるような計画を作成していきたい。
- 民主党が政府と一体となってアチェに対する援助を推し進めることに感謝する。日本以外にも、豪州、加、米、アラブ諸国等が野党を含め政府と一体となって援助してくれている。
- GAMが武器を捨ててアチェ社会に戻ることが大切である。日本政府を始めとする国際社会の声をGAM側が 聞き入れることを期待する。紛争が平和裏に解決するよう努力する。
- 本格的再生のためには、避難民の自立を促していく上で、例えばミシンといった避難民の生活に直接役立つ支援が受けられれば良い。
- アチェ市街を2キロメートル海岸線から後退させた場合、市街地全体を2キロ後退させることになり、土地収容や補償等の困難な問題が発生する。住民の意見を反映していきたい。
- 今回のアチェ被害に対し、諸外国、国際機関を含む国際社会から受けた支援を如何に使っていくか、透明性の確保についても今後の課題として関心を有している。諸外国の支援に対しては政府とは独立した会計監査機関を設立していきたい。また、各国の人々にも会計監査に参画してもらってよい。
- 新政府はこれまでのインドネシア歴代政権と異なり、透明性を追求する用意がある。会計検査に参加し、一緒に監査していただければ、政府に何も隠すことはない、隠れたアジェンダは存在していないことを確認してもらえる。
(右端は飯村大使)【(5)国連報道官との会談】
日本政府臨時事務所にて国連報道官の植木氏に救援活動上のインドネシア政府と国連間の役割分担などについて説明を受けた。国連の基本原則は、政府支援にあり、主に外国からの支援調整を担当している。政府とGAM(自由アチェ運動)との和平仲介には絡んでいないという。
被災直後は、各国の軍隊が実施した緊急支援活動が大いに役立ったとのこと。文民である国連はこの間に、来る復旧・復興に向けた支援体制の構築に取り組んできた。同時に避難民キャンプの設営などにおいて、その国際的な運営基準をインドネシア政府に示し協力を求めている。人権に配慮し、政府が避難民の意見を 尊重するよう要請している。
NGOとの関係では、今後の復興プロセスにNGOの知見を反映する努力をしてきた。世界各国から200を超えるNGOが支援を展開している。それらNGOに国連への登録をすすめ、復興計画立案の作業部会への参加を奨励している。復興計画には、政府、国連機関、NGOなど幅広い層の参加によって実効あるものにしたい。
(後列左端が国連植木報道官、右から2人目が橋事務所長)【(6)自衛隊医療活動の視察】
日本の自衛隊が展開する医療活動を視察した。現場での医療活動は自衛隊、JICAが協同で実施している。1月23日から診療を開始し、一日平均150から200名が受診する。初期医療が中心で、それ以上の医療は近隣病院で行われる。患者はアチェ市全域から来ている。風邪や破傷風の患者が多いとのこと。医薬品は十分に確保されていて、3月26日の撤収後は、現地病院に寄付される予定。撤収後を想定し、現地医療機関と連携した診療を行っているため、撤収に伴う問題はないとのこと。最近は、受診者が激減している。
【(7)ピースウインズジャパン(PWJ)救援活動現場の視察】
PWJが救援活動を展開するランバロ・スケップを視察した。日本から派遣された近藤、山本、山元の3人の女性が視察団を迎えてくれた。村の中を廻ると、辺りは瓦礫と泥のが広がる。その中にポツリポツリと半壊住宅が残っていた。この被災地でPWJは、被災者たちが以前暮らしていた地域に戻って生活を始めるための支援として、被災者自身による瓦礫撤去をサポートしている。州などによる瓦礫撤去は道路や公共施設に限られ、個人は取り残されているからだ。
PWJがマスク・長靴・シャベル・くわ・一輪車などを用意し、住民たちはグループに分かれて、それぞれ決められた区画の瓦礫と泥の撤去作業を行っている。作業は朝8時から夕方5時まで。参加した住民には、1日3万ルピア(日本円で約350円)を支払うほか、昼食、スープ、水を提供する。
被災民への直接支払いは今後の復興において大変意味がある。避難民は、家族、家屋、仕事を失い、避難民キャンプで生活をしている。たとえ、住居が修復しても、家財道具を新たに揃えなければならない。PWJの支援活動に従事して得た収入が、今後の生活の糧を得る手段になるのである。
(被災住居の中)視察の最後に鳩山由紀夫団長は、被災民の間で大変感謝されていたPWJの活動を支援するため、民主党を代表して1000米ドルを寄付した。「いただいたご寄付を現地の人と一緒に有効に利用します」とPWJスタッフは笑顔で感謝の意を述べた。
(PWJの山本さん、近藤さん)【(8)ザイナル・アビディン病院(AMDA支援)視察】
日本のNGO、AMDAが医療活動を実施するザイナル・アビディン病院を視察した。AMDAは、岡山県に本部を置き、開発途上国で貧困に苦しむ人々の人道支援に取り組んでいる。日本から派遣されている金山さんと病院現地関係者が施設内を紹介してくれた。病院での緊急手術や診療、投薬及び壊滅状態になっていた病院システムの構築、はしかワクチンの摂取事業の説明を受けた。
被災直後しばらくは、2メートル近く浸水した病院から泥水を除去するなどの再開院に向けた活動に追われたという。1月初旬から外国軍の医療チームも加わり、協同で診療を開始した。現在外来患者は1日400名ほどになる。湿疹などの皮膚疾患、呼吸器疾患、肺炎などの患者が多い。
鳩山由紀夫団長は訪問の最後に民主党を代表して、AMDA救援活動を支援するために1000米ドルを寄付した。
◆今後の課題- この病院に以前、150名いた医師が、災害で100名に減少。看護師も半減した。今後の課題は、外国軍やNGOが撤収した後、十分な医療活動が確保できるかである。AMDAはこの問題を見越して、現地人医師をAMDAアチェ支部部長に任命し、医療活動の継続維持をめざしている。
- しかしながら、医師、看護師の絶対数が不足しているため、いかに医療従事者を育成していくかが今後の課題である。
(ザイナル・アビディン病院(AMDA支援)施設内)
【(9)赤十字国際委員会への表敬訪問】
アチェ訪問の最後に政府とGAMとの和平仲介に長年取り組んできた赤十字国際委員会(ICRC)を訪問した。災害直後は、日常業務を離れ、赤十字社の国際的ネットワークを活かし、食糧(5万名分)、生活品(30万名分)や下着などを集め配給したり、死体処理を実施したという。また、浄水作業や保険衛生、救急医療なども展開している。
特に力を入れて取り組んでいるのが離散家族の安否調査である。これまでに1,318家族の再会を実現している。今後の活動としては、緊急支援活動から復旧・復興活動にフェーズが移ってきていることを踏まえ、本来事業のGAMの紛争被害者や拘留者への訪問、捕虜の解放活動を再開する予定だ。
(中央がアチェ事務所フサジック所長) - スリランカ視察編
【(1)ゴール(被災地)視察】
◆現状
スリランカで被害の大きかった南端のゴール周辺のアハンガマ、タッパヘガワタ・デバラガマ、ハバラドゥーワの3被災地を視察した。この地域で被災直後から救援活動を展開している日本のNGO「難民を助ける会」芝崎氏が案内してくれた。
ゴールでは、死者4100名、行方不明者500名にのぼる。海岸から数百メートルと離れていない住居の大半は全半壊し、瓦礫と化していた。その近辺に国内外のNGO支援によるテントが張られ、避難民はそこで生活していた。被災後しばらくは政府からの配給が全くなく、国内外のNGOの支援品で飢えをしのいだという。今では、食糧や生活品は十分にあるとのこと。
最大の問題は、漁船や漁網が壊れ、漁に出られず、生活を再開できないことである。被災住民の大半が漁業で生計を立てており、その収入手段を奪われ、男性の間での深酒や、子供への家庭内暴力問題も発生している。
被災民がもう一つ深く悩んでいる問題は、海岸線から100メートル以内の居住禁止という政府方針である。伝統的に海岸線沿いに住んできた漁民にとって、その地域を離れて暮らすことには強い抵抗がある。100メートル以内でも、住居が残っている場合やビジネス利用ならば建設が認められるなど、政府のアナウンスが変遷してきている。被災民は元の生活を取り戻そうにも政府の方針が明確化するまで身動きがとれず不安を募らせている。
視察の最後に民主党を代表して鳩山、藤田、榛葉3議員は、「難民を助ける会」の協力を得て、被災児童に役立ててもらうために学用品(185セット)を寄付した。
(被災児童たちに学用品を配布)◆今後の課題
- 漁業を再開できるよう漁船や漁網の購入を支援する。
- テントでの緊急生活からより良い生活が営めるよう仮設住宅を早期に建設する。
- 被災民の心のケアーを担う専門家の確保が必要である。
- 海岸線から内陸100メートルの居住制限問題に関する政府方針を早期に明確化する。
【(2)アンパラ州(被災地)視察】
スリランカで最大の被害を被った東海岸アンパラ州のカルムナイ、サインダマールドゥーを視察した。須田駐スリランカ大使と、この地域で日本の国際緊急援助隊医療チームなどの活動を調整していたJICAスリランカ事務所次長の坂田氏が視察団に同行した。アンパラ州の沿岸部は津波で深くえぐられ、住居の跡形もない地域もあった。ある村では、人口の90%を失ったところもある。1998年に建立されたヒンズー教寺院も全壊し、 住職は周辺住宅のすべてがなくなってしまったと説明していた。
ムスリム人でコミュニティーを形成するサインダマールドゥー地域では、5,162名中、758名が死亡した。普段は1万名を越える観光客で賑わうビーチだが、我々以外、人影は全くなかった。4度の津波に加えて、この村では家の中からも水が鉄砲水のように噴出した。学校も破壊され、親たちは早期の再開を切望していた。
日本の緊急援助隊医療チームが活動していた避難民キャンプを訪問した。この地域では3万5千名の人口中、3千5百名が死亡している。医療チームは災害翌日の12月27日にコロンボ着、29日には、医療活動を開始した。現地キャンプの責任者は、日本の医療チームの活動を高く評価していた。
(アンパラ州被災地)【(3)ラージャパクサ首相との会談】
スリランカ側要人との会談において、それぞれに鳩山団長は冒頭、次のように発言した。今回、民主党代表団として貴国を訪問した。民主党及び国民一人一人として、今回の津波被害により亡くなった方及び被災者に対して心よりお悔やみとお見舞いを申し上げる。津波災害対策については超党派で協力していく考えである。
◆団側- スリランカ訪問前に被害が甚大であったインドネシアのバンダ・アチェを訪問し、支援に関する政府、援助国、国際機関等の調整の重要性を認識した。スリランカにおいては、首相の指導下で復興の青写真を作って対応頂きたい。
- 日本は、戦後のサンフランシスコ講和会議におけるスリランカによる講和条約成立への支援を忘れておらず、同じアジアの国民としてスリランカの復興支援に協力していきたい。
- シェルターに関しては、昨年の新潟地震において建設した経験があり、そのノウハウを役立てることが可能である。
- 政府による北・東部(タミール人支配地域)への大きな支援を期待する。現在のような困難なときであるからこそ政府とタミール・イーラム解放の虎(LTTE)の協力を望んでおり、日本としても協力していきたい。
- 日本のノンプロ無償では、漁船の提供も可能である。インドネシアでは漁業協同組合の設立に協力する計画がある(大使)。
- 海岸より100m以内での家屋再建の制限について、漁民の考えを尊重してはどうか。また、漁民が海に戻れるまでどれぐらいかかる見込みか。
(右端は須田大使)◆首相
- 現在の問題は仮設住宅であり、8万個の建設が必要である。建設用地の確保は終了し建設を開始したが、人々の異なる意見があり進捗が遅れている。学校、病院の再建も必要である。アジア開発銀行(ADB)、国際協力銀行(JBIC)、世界銀行がニーズ・アセスメントを行っており、その内容も参考としつつ対応したい。
- 和平プロセスについては明石代表のこれまでの努力、また、最大のドナーとしての日本の協力に感謝している。
- 海岸より100m以内での家屋再建の制限については、漁民の考えを尊重したい。ただ、漁民のことを考慮する必要がある一方で、津波被害にあった家族や子供達は海岸近くに住みたがらないという事情もある。なお、LTTE(タミール・イーラム開放の虎)は東部において200~400メートルの制限を設けている。
- LTTEに関しては、与党内の左翼系JVP(人民解放戦線)が種々非難しているが、LTTEと政府との協力の必要性は認識している。
- 漁民が海に戻れるまでには、最低6ヶ月は要するであろう。
- 和平プロセスを進展させるためのメカニズムを設けるにはLTTEを説得するしかない。彼等は妥協を行わないので対応が困難である。他方、南部の人々が納得しなければ和平プロセスは進めがたい。JVPはLTTE提案のISGA(暫定自治機構)に反対している。政府としては最終的解決につながることを目指して進めていく。
【(4)ウィクラマシンハ前首相との会談】
◆団側- ゴールの津波被災地を訪問し、人々の再建努力に感銘した。被災者は住宅と仕事への期待を表明している。100m立ち退きの問題で漁師は不安を抱いている。本問題は大きな政治問題となっているが、市民の思いを大切にしないと再建が進まないのではないかと懸念する。
- 民主党では12月29日に党の災害対策本部を設置した。NGOも招いて対応を開始し、日本政府に対してもNGOを支援するよう要請している。津波発生後、スリランカで新たに活動しようとしているNGOがNGO登録問題を抱えており、社会福祉省が扱う問題であるが協力を得たい。具体的には、活動許可取得、銀行口座開設、ビザ、免税措置の問題である。日本のNGOは純粋に支援活動を行うのであって、内政に干渉するようなことはない。
◆前首相- 自分の政権時に、日本は和平プロセスに強い関心を有し、また協力を得ていることに感謝する。2002年に訪日し、当時の鳩山代表と会談した際には、正に和平プロセスを進めようとしている時期であった。
- 日本は大きな自然災害を経験しているので、スリランカの津波災害に関しても我々より分かっていると思う。
- 仮設住宅が主たる問題である。人々は100m制限措置に反発しており、自分も大統領に反対の意を伝えた。UNHCRの原則では戦乱においても人々の意思を無視して住居移転を強制できず、津波被災者についてもそれが当てはまる。住宅のほか商店などの再建も必要であり、政府計画の50万ルピーの補助では役に立たない。
- 世銀等がニーズ・アセスメントを行ったが、良いレポートである。100m制限措置に関しては未だ定まった法律はないが、警察が実際に執行している。来週あたりから人々が住宅再建を始めると、制限区域については裁判問題となろう。100m以内に家を再建すれば補助金は支給されず、100m以上離れた再建なら補助金が支給されるというのは問題である。再建するための用地は内陸部にあるものの、漁師にとっては遠くなり不便である。
(左端はザルク・マリカール氏)【(5)アマヌガマ財務・計画大臣との会談】
◆団側- ゴールを視察したが、避難民は自分の家屋のことで深く悩んでいた。100メートルの制限問題や半壊には政府支援がないなど心配している。
- スリランカで災害支援を行おうとするNGOが活動許可取得や銀行口座開設、免税措置の問題を抱えているので早期の解決を要請する。
◆財務大臣- 日本の津波災害に対する多大なる支援、日本のNGOの活動にも大変感謝している。特に日本のNGOは欧米系のNGOと異なり、現場で人道支援に専念しており、欧米系が行かない北部や東部においても大活躍している。
- 従来NGO登録は社会福祉大臣の所管であったが、津波被害が起こってからは、自分が担当になった。来週火曜日(22日)10:30よりスリランカで活動している外国のNGOを集めてのNGO登録の会議を招集する。必要なNGOには連絡が行っていると思うが、情報が流れていないNGOがあれば、案内状を周知して欲しい。同会議の場でもなくても、NGOが今後活動するに当たって、何か障害となるものがあれば、担当大臣である自分に直接連絡してもらって構わない。
- 住宅再建補助については、全壊が25万ルピー、半壊等はその壊れ具合によって金額が10~25万ルピーの間で査定される。なお、住宅再建に例えば40万ルピーが必要な家は、25万円の補助の他、15万ルピーが融資される。被災住民は、最寄りの銀行に口座を開設することができる。この口座にピープルズ・バンクから振り込まれる。このため、住民はこぞって口座を開設している。
- 食事等のため、被災者に375ルピー/週を支給している。また、損壊した学校176校の再建については既に支援ドナーが決定している。
- 100m制限は良い計画である。ただ、漁師のことを考慮すると頭の痛い問題でもある。漁民とも協議していく必要がある。船や漁網や、それを保管するための倉庫(納屋)の建設を支援している。
- 災害支援に関しては、ドナー国に対して、支援金使途の領収書をすべて公開する。
【(6)ブラツカー・ノルウェー大使との会談】
◆団側- 政府とタミール側の和平は、津波災害後の現在、好転するか後退するかの岐路にあると思われるが、好転させるためには如何にあるべきか。
- LTTEが海岸から200mの家屋再建の制限を設けていることについてどう考えるか。
◆ノルウェー大使- 日本の和平プロセスへの関心、明石政府代表の尽力に敬意を表する。和平プロセスは容易ではなく忍耐が必要である。停戦合意から3年間がたつ現状で和平交渉に進展は見られないが、国際社会が注意を維持していくことが重要である。
- 昨年の状況はカルナがLTTEから分裂し、政治的殺害事件が相次いだ。そのような状況で津波災害が発生。交渉により和平を維持したいというのが我々の立場であり、スリランカ政府、LTTE、ムスリムが和平のために共に努力することを期待する。災害支援は、国家、地域、郡の各レベルで実施されており、LTTE支配地域にも食糧、薬品等の物資が配布されている。
- 10日前にカウシャリアンLTTE東部政治部長が殺害された。LTTEは政府の関与を疑っているが、政府も同殺害事件を非難している。この事件に関する肯定的な面は、LTTE側が政府の重要人物をねらうような報復をせず、自制を働かせていることだ。
- 援助の公平な分配が重要であり、その点については政府、LTTEとも共通の認識があり。世銀、ADB、JBICがニーズ・アセスメントを行ったが、ドナーとしても援助が公平に分配されることに関心がある。
- 津波被害の60~65%は北・東部であったが、LTTEのみならず政府支配地域もあり、東部では3分の2はムスリム。したがって、民族間、宗派間のバランスを考慮することが重要であり、そのためのメカニズムが必要である。さもなければ和平プロセスを損なうことになる。先月のブラッセルでの和平に関する共同議長国会合においてもこのような問題を議論した。ドナーの支援の成否は和平プロセスに影響を及ぼすものであり、今次の災害支援はそれを進展させる良い機会でもある。
- 和平の当事者が共同して動けば肯定的な結果が期待できる。他方、否定的なシナリオは停戦合意が危機にさらされる可能性である。大統領のLTTEに対する姿勢は固いが、和平プロセスの進展についてはウィクラマシンハ前首相が一緒に努力していることは評価できる。
- 100メートル制限は重大な問題であり、特に漁民にとっては不便であるし、不満が生じるものと思う。
- 政府側、LTTE側とも和平事務局があり接触している。ノルウェーは数週間に一度の割合で特使等が北部を訪問している。
【(7)サルボダヤ運動本部訪問】
スリランカ最大のローカルNGOで、包括的農村コミュニティー開発運動を行っているサルボダヤ運動本部を訪問し、マクサイサイ賞受賞者である代表のアリヤラトネ博士らと会談した。今回の災害後直ちにサルボダヤ運動は、全国32箇所の支部センターと連携し、緊急支援を数時間以内に開始した。先ず食料、飲料水、服などを全国各地に配給。続いて生活用品、薬品の配給、治療やカウンセリングのサービスを提供した。 また、海岸線から100メートル以内の家屋建設禁止の政府方針についてアリヤラトネ博士は、漁民の意向を十分に踏まえ、施策を実施することが重要であると述べた。民主党を代表して鳩山由紀夫団長は、同運動の救援活動を支援するために500米ドルを寄付した。
- 調査総括
「出会った被災者で肉親を失っていない人は一人もいなかった。現世代が体験したことのない未曾有の災害である」とアチェ市で救援活動に従事する赤十字国際委員会アチェ事務所のフサジック所長は語った。
今回のスマトラ沖大地震・津波の死者と行方不明者の合計は30万名を越えた。アジア開発銀行、日本国際協力銀行、世界銀行が共同で実施した被害・ニーズ調査によれば、インドネシアの被害総額が約4500億円、スリランカは約1000億円になる。
この史上例を見ない災害で最も被害を受けたのが、党調査団が視察したインドネシア・アチェ州、スリランカ東岸であった。アチェの被害状況は、広島、長崎の原爆投下後か東京大空襲後のように見渡す限り何も残っていなかった。緊急支援から復旧・復興段階に移ったと両国政府関係者は説明する。しかしながら、被災者に直接聞くと、食料や生活品が十分に配給されていない地域がいまだに存在している。住民のニーズに合わない「ミスマッチ」を避けるプロジェクト調査が必要である。復旧・復興に向けた計画の立案が進んでいるが、同時に各国からの支援品が公正に配給されるよう両国政府に再度喚起する必要がある。
今後の復旧・復興に向け、どのようなニーズ、プロジェクトが被災国にとって必要なのか。今回の我々の調査から効果的に復旧・復興を実施する上で、次の4点が重要と考える。(1)土地所有権、住居移転問題の整理、(2)日本のNGOの足腰強化のための環境整備、後方支援体制の強化、(3)各国支援の有効活用・使途の透明化、(4)和平問題解決への協力。 一方、外国の被災地支援もさることながら、これらの国々で被害にあった邦人に対する日本の在外公館の保護・支援活動に多くの問題が生じた。邦人保護、危機管理体制の抜本的改革が必要である。
【(1)土地所有権、住居移転問題の整理】
インドネシアの被災地では、海岸から2キロメートルの範囲で家屋の建設を禁止する政府方針が発表されている。被災民の多くがこの問題を最も強く懸念していた。被災民の大半が元の住居に戻れず、生活を再開する目途が立たないからである。現地事情に精通したアチェ州副知事も政府方針の2キロメートルは問題であり、500メートルが妥当ではないかとの見解を示していた。
スリランカ政府は、海岸から100メートル以内の家屋建設を制限する方針を打ち出している。しかしながらその後、残存家屋が使用できる場合や商業利用が目的ならば、建設を許可すると方針を変更しており、被災者は不安を募らせていた。被災民の大半が漁業従事者であり、沿岸部から離れて生活することに強い抵抗がある。また、ウイクラマシンハ野党リーダー(元首相)は、この100メートル制限に反対しており、政治問題化している。
UNHCRの原則では、戦乱においても人々の意思を無視して住居移転を強制できない。それは津波被災者についても当てはまる。インドネシア、スリランカ両政府は、国民の住居移転の履行が不可避だとしても、被災民の意見を尊重し再開発を進めなければならない。今般の災害支援の最大ドナー国の一つである日本は、被災地の再開発にあたり、被災民の意向に配慮し、再開発を丁寧に進めるよう両国政府に要請していくべきである。民主党としては、政府のみならず、この問題に取り組む国際機関やNGOとも連携し協力することが重要である。
【(2)NGOの足腰強化のための環境整備、後方支援体制の強化】
今回の災害に対し、日本は他国と異なり、真水で5億ドルの援助を決定して、直ちに送金したことは、被災国政府や国際機関は理解し感謝しているが、被災国の国民と国際社会にはあまり伝わっていない。広報活動にも問題はあったが、それ以上に資金の半分は被災国政府、残りの半分が国際機関宛なので、被災国の国民に直接目に見えるような援助が少ないということである。現地の人に直接行き渡るような、もっと日本のNGOを活用した直接支援が急務である。
今回日本のNGOによる迅速な初動支援活動は目を見張るもので、ジャパンフラットフォーム(JPF)という枠組みの存在が大きかった。しかし、JPFは緊急人道支援が主な対象であり、今後の中長期的な復旧・復興支援には、政府からNGOへの直接資金協力の規模と対象範囲を拡大すること及び、審査や運用の柔軟性の拡大が緊急を要する。
災害発生後、新たに救援活動に入ったNGOは、被災国での活動許可取得がなかなか降りないため、支援品に課税されるなどの問題に直面している。スリランカでのNGO登録が遅れていたが、私たちが会談したアムヌガマ財務・計画大臣の迅速な対応で登録が行われた。この点で相手国政府に対する日本政府の迅速な支援が不可欠である。 また、「寄付に対する優遇税制措置などで、NGO活動をより豊かで建設的なものにするべきで、政府と民間であわせてやるべきだ」(2月22日衆議院予算委員会での細田官房長官の藤田代議士への答弁)、「寄付税制はどうあるべきか、広い観点から議論していきたい」(同じく谷垣財務大臣)といった政策論議を加速させるべきだ。
一方、世界の自然災害や紛争の拡大に伴い、日本のNGOの人材は各国に伸びきっている。民間企業や国際機関の職員やOBなども含めた経験者を国際緊急援助隊のように登録し、活用できるメカニズムを検討すべきだ。専門分野の技術専門家というよりも国際的な援助の調整やプロジェクトの企画、管理ができる人材を、国際人道支援隊、国際復興支援隊のような名称で人材バンクのように創設するといった形である。
【(3)各国支援の有効活用・使途の透明化】
世界各国の支援総額は50億ドルを超え、日本は5億ドルの全額無償の緊急支援を実施した。インドネシア国民福祉担当調整大臣は、外国からの援助額と各州に割り当てる支援額とを公開し、使途について、政府とは独立した会計監査機関を設置し、監査に外国関係者の参加も認めるとの考えを示した。スリランカ財務・計画大臣も、支援金のすべての領収書をドナー国に公開すると明言している。
日本は被災国、ドナー諸国や国際機関と連携し、支援金の有効活用、使途の透明化が保証されるよう国際的な監視活動に参画していくべきである。その結果について、本来のドナーである日本国民に対し、説明責任を果たすことも同様に重要である。官民の専門家で監視団を構成し、使途の精査を実行できる体制で臨むべきである。民主党としても支援の有効活用・使途透明化に資する協力を惜しむべきでない。
【(4)和平問題解決への協力】
被災国、とりわけ、インドネシア、スリランカの復旧・復興において、両国内で長年続いてきた政府と反政府組織との内戦問題の解決に道筋をつけることが重要な課題である。被害が甚大なインドネシア・アチェ州、スリランカ北東部はともに反政府組織が拠点を置く地域である。この地域の復旧・復興を実現する上で、援助が反政府組織支配地域に行きわたり、反政府組織の協力を得ることが不可欠である。政府、反政府が一致協力して取り組まなければ、多くの被災民が災害の辛苦に加えて、内戦の被害からも抜け出すことができない。スリランカ紛争の和平仲介に長年取り組んできたノルウェー大使は、こうしたメカニズムをいかに構築するかが鍵であるという。日本は、被災国政府、関係諸国、国際機関やNGOと協力して和平仲介に尽力すべきである。民主党は、この問題の解決に向け、必要な協力を提供すべきである。
【(5)邦人保護】
被災国で被害を受けた日本人に対する、在外公館の対応についての様々な問題事例が以下のように明らかにされた。
- 財布やパスポートを失った邦人被災者に対する帰国のための渡航証明書の発行に政府は2500円を徴収した。後になって大災害の被災者はこの証明書を不要とする決定を行い、「希望者」を募って、この金額の返済を始めた。
- 被災者が、家族との連絡や渡航手配のために最低必要な現金を日本大使館から借り入れたが、大使館員からしつこく、返済の確約を迫られた。これら貸し出しは合計22人の66万円であるが、被災国支援は500億円である!
- 死亡者の家族は、大使館紹介の葬儀社から法外な火葬代を請求されたり、火葬の段取りの手違いが生じたり、自力で搬送するケースが多かった。その自前の費用は100万円以上であった。
- 各国は多数の検死チームを送った。香港でさえ100名以上のDNA専門家を送り、自国民の「捜索活動」を行ったが、日本は歯型や指紋、DNAの専門家10名ほどを派遣しただけで、日本人らしい遺体が発見された後の「確認作業」が中心であった。
- 遺体を抱えた遺族がプケットからバンコク空港に着いた際、他国の政府関係者は迎えに出ていたが日本の外交官は誰もいなく、自分で日本大使館を探して遺骨証明、葬儀屋の手配、火葬料を払って帰国した。
- スリランカの日本大使館では、着のみ着のままの被災者が大使館で長時間待たされたり、食事も与えられなかった事例がある。対照的にこの友人のアメリカ人は現地アメリカ大使館で衣服や食事の提供などを受けとても親切にしてもらった。
大使館員は最善の努力をしたつもりかも知らないが、「平時の規則」のみにしばられ、災害時の遺族や命からがら逃げのびた被災者に対する対応や危機管理の体制が不充分であった。災害時に捜索、医療、鑑定、被災者保護・サポートなどを含む総合的で「心の通った」対応ができるような体制作りが急務だ。日本のパスポートには、保持者に「必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 日本国外務大臣」と記載さ れている。他国の政府には邦人保護を求めながら自国民をしっかり保護する体制が不充分なことが、今回明らかにされた。邦人保護の抜本的な仕組作りが急がれる。こうした点を民主党議員が各委員会で追及したが、外務省は2月24日までに上記の渡航証明書発行料(2,500円)と遺体・遺骨証明書の手数料(2,500円)を返済することを決定し、対象者100人に通知書を発送した。
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