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  • 【2004年4月22日】

    活動報告

    平成16年4月22日(木)

    民主党イラク邦人拘束事件現地対策本部活動報告書

    対策本部事務局次長 藤田幸久

    1. 派遣団員
      藤田幸久 (本部事務局次長、民主党国際局長、衆議院議員)
      青葉博雄 (藤田幸久事務所 政策スタッフ)
    2. 日程
      4月 9日(金) 8:30 党本部での情報収集、分析活動を開始
      20:45 羽田発
      10日(土) 10:00 アンマン着(関西空港、ドバイ経由)
      インターコンチネンタルホテルに拠点確保
      16:00 逢沢一郎副大臣・小畑紘一大使と会談
      19:00 報道機関関係者と会食(「24時間以内に人質解放」とのニュース飛び込む)
      11日(日) 9:00 逢沢一郎副大臣・小畑紘一大使と会談
      10:00 逢沢副大臣記者会見
      15:00 報道機関関係者と懇談
      17:00 報道機関関係者と懇談
      (「犯人側が、逢沢大臣のファルージャ訪問、自衛隊撤退、日本政府の謝罪を要求」とのニュース飛び込む)
      18:00 報道機関関係者と懇談
      19:00 アドリ・アル・バラクノイ氏(通訳兼ガイド)と夕食
      12日(月) 8:00 報道機関関係者と懇談
      10:00 逢沢副大臣記者会見
      11:00 宮家公使記者会見(英語)
      13:00 報道機関関係者と昼食
      19:00 逢沢副大臣、小畑大使と夕食(大使公邸)
      13日(火) 10:00 逢沢副大臣記者会見
      11:00 報道機関関係者と懇談
      12:30 サミール・カリフェ外務省アジア・アフリカ局長と会談
      22:00 報道機関関係者と懇談
      14日(木) 9:00 ウサマ・ジャマリOAPEC役員(元イラク首相ご子息)と会談
      10:00 逢沢副大臣記者会見
      13:00 イグラヒム・ザイド・アル・キラニ元宗教大臣と会談
      15:30 CNBCテレビ電話出演
      17:30 森沢英子さん(高遠さんと今井さんの友人。4月8日ヨルダンで二人を見送る)と懇談。
      *このとき、「アブグレイブで日本人2人が不明」とのニュースが入り、3人で日本大使館に向かう。
      19:00 逢沢副大臣に安田純平さんの情報提供。
      (後に電話で渡辺修孝さんの情報提供)
      21:00 ウサマ・ジャマリOAPEC役員、アグラス・ジャマリ教授
      (共に、元イラク首相のご子息)と懇談
      15日(木) 10:00 逢沢副大臣会見
      11:30 ズフディ・アブドラザット・アルハッサン内務大臣と会談
      13:00 サリー・サマライ(イスラミック・センター・ジャパン代表理事)
      ムサ・ケイラニ(アル・ユレロン紙編集長、世界宗教者平和会議%gt;WCRP%lt;幹部)と昼食
      * この間(14時頃、イラク時間で15時頃)逢沢副大臣から電話が入る。この時点で人質解放の情報無かった
      (14:40 人質3人がバクダットで解放)
      14:50 CNN記者から、電話出演の打ち合わせの電話。三人解放のニュースを聞く。
      15:00 CNNニュースに電話出演
      15:30 日経CNBCニュースに電話出演
      16:30 逢沢副大臣会見
      17:30 報道機関関係者と懇談
      16日(金) 10:30 民主党本部より帰国命令
      11:30 小畑大使に挨拶
      17:30 アンマン発
      17日(土) 19:45 羽田着(ドバイ、関西空港経由)
    3. 報告

      (1) 外務省の対応

       日本政府は、バグダッドとアンマンの大使館を中心に、中東の専門家を総動員して、CPA(暫定統治機構)や外国機関、統治評議会、部族長などを通じて犯行グループへの仲介を働きかけてきた。
       しかし、バグダッドでは上村代理大使、木村大使、天野公使を含めて数人の体制、グリーン・ゾーンの外では活動ができない治安状況、限られた通信手段などから、駐イラク日本大使館は直接的な手足を持てない体制であった。またヨルダンの日本大使館に設置された現地対策本部も、人質が解放された際の受け入れの「ロジ対策本部」としての機能と、アルジャ・ジーラなどのモニター調査、ヨルダン統合情報局への調査依頼等が中心であった。他にシリア、カタール、パキスタン、サウジアラビアの公館などを含む、ありとあらゆるルートに働きかけをしたと思われる。
       結局、犯人グループに対するアプローチはCPA(暫定統治機構)や外国機関、統治評議会、部族長などに依頼した「他力本願」の活動が中心であり、最後まで犯人グループの特定、人質の所在確認、直接交渉等はできずに終わったと思われる。
       解放の受け皿となったイスラム聖職者の様々なグループとの動きもほとんど把握せず、連携も余りなかったと思われる。

      (2)結果的に功を奏した、宗教者からの働きかけと、日本人家族からのアピール

      A. イスラム聖職者教会を初め、多くの宗教者が犯人グループに解放を促すアピールを行った。在日40年のイスラミックセンター・ジャパンのサリー・サマライ代表理事や従兄のフライヤ・サマライ氏のグループ、ヨルダンのイスラム聖職者教会のアル・キラニ会長(元宗教大臣)などイスラム圏の多くのイスラム聖職者がアピールを行った。
       日本人3人が軍人でない、人道支援活動など行っていた民間人であること。「罪のない人を罰してはならない」というコーランの教えを守ることなどを訴えたが、イスラム教の名誉や信頼を守りたいという責任感が感じられた。
       バクダッドの多くのモスクには食糧品、医薬品などの物質が各地から大量に集まり、ここから大型トラックでファルージャの支援に送られた。スンニ派、シーア派を超えた宗教者による人道支援も、人質グループを支えるファルージャの住民からの信頼を得たと思う。
      B.アル・ジャジーラやイラクの地元テレビ、新聞などで3人の家族が解放を訴えたことが、広くイラク、ヨルダンなどの一般市民に伝わった。3人が軍人でないこと、イラクの友人であることなどが、家族の悲しみや苦しみの表情などと共に伝わった。
       私は、バクダットのNGO及び党本部と連絡を取り、高遠さんのイラクにおける活動や家族のビデオがイラクの現地で放映されるような仲立ちを行なった。因みに、人質家族がこういうアピールをしたのは日本人だけで、日本人人質解放後、イタリア人家族もアル・ジャジーラから解放を訴えるようになった。

      (3)「ファルージャ」― 全イラク的反米活動のシンボルに

       「モスクの町」と呼ばれ、反米活動のシンボルとなった人口20万人の都市ファルージャでは、米軍によって1週間で700人近くが殺された。死体で埋まったスタジアムが「集団墓地」などと表現され、殉教者のシンボルのような存在となった。
      犯人グループは「サラヤ・アル・ムジャヒディン」(戦士旅団)と名乗ったが、アンマンとバクダットを行き来するヨルダン人やイラク人のドライバーが現地の住民たちに尋ねると、「我々は皆ムジャヒディンだ」と答えるという。犯人グループは毎日のように人質を転々と移動させたようだが、悲惨な戦闘の中で連帯意識の強い住民達が皆でこのグループを守っていたということになる。「住民たちが、人質たちは生きていると語っていた」というドライバーの幾つかの証言もある。小泉総理が犯人を「テロリスト」呼ばわりした際、地域住民も反発したとも言われている。
       このファルージャに対する米軍の攻撃は、スン二派とシーア派、フセイン政権の残党と反フセイングループを反米活動で大同団結させるきっかけとさせてしまった。

      (4)解放への流れ

       多くのイスラム聖職者グループが犯行グループに人質解放を迫る声明を出した段階で、解放への流れは決まった。その後ファルージャでの戦闘が続き、解放が遅れたが、メディアを通じての人質家族などからのアピールを含め、人質グループを支えるファルージャの住民の「人質解放への世論」も高まったと思われる。そして米軍との停戦によって移動が容易になった局面で連絡先が明確な聖職者協会への人質移送となったと思われる。

      (5)悪化するイラク戦況と高まる反米感情

       イラク各地で同時多発的戦場をかかえる米軍は、戦線が拡大し過ぎて伸びきっている。米軍の死傷者も激増する中、米軍による毎日の記者会見も極めて感情的、自己弁護的になっており、常に「イラク軍が」、「イラク警察が」、「イラクの文民警察が」制圧したと言わざるを得ない状況に追い込まれている。バクダッド市内もグリーン・ゾーンを除いては無法地帯の様相である。スン二派、シーア派、フセイン政権の残党、反フセイングループも含め、反米感情が高まり、今や全イラク国民対アメリカの戦いの様相である。
       これにパレスチナやイランも含むアラブ世界全体の反米感情が急速に高まっている。

      (6)人質及びその家族に対するバッシングと「自己責任論」

       日本人人質の行動には稚拙で注意不足な面があり、家族の言動も一部身勝手だったことも否めない。しかし、今回はイラクを初め多くの国々の人々が解放に協力して下さり、世界中の人々が心から喜んでくれた。これに比べて人質及びその家族に対する日本でのバッシングは異常に思える。ロシア人、韓国人、中国人などの人質も不注意な面はあったと思えるが、帰国後は非難を受けるよりも解放を喜んでもらっていると聞く。自己責任も重要だが、イラクで1万人の無辜の市民を殺した戦争を始めた、あるいは支持したという「政府責任論」も重要であろう。

      (7)今後の課題

       短期間ではあるが、海外紛争地域に拠点を設けての党活動は、コソボ(1999年)、アフガニスタン(2002年)に続いて3度目であった。今後の調査、拠点活動にこれらのノウハウを生かすべきだ。
       ファルージャ、ナジャムのみならず、これまで平穏が伝えられていたイラク南部バスラ、サウジアラビアにおけるテロ事件、ヨルダンの首都アンマンにおけるアル・カイダ関係組織によるテロ未遂事件、ガザをめぐるイスラエルとパレスチナの衝突など、中東における不安定要素が劇的に拡大している状況にある。よって、民主党としてのイラク問題への取り組みを考えるとき、イラクのみならず中東情勢の推移を党全体として日頃から情報収集にあたる必要があると思う。

    <資料 1>

    武装勢力に対して人質解放を促すアピール(「アル・アラブ・アル」紙、ヨルダン)
    他の主要紙にも同じアピールが掲載された。

    アラーの名において最も恵みある、最も栄光ある全ての人々に対する

    「アピール」

    1. 私達は、貴方々が日本人をイラクで拘束したことを聞きました。イラクの貴方々は勇敢な兵士です。
    2. 私達ヨルダンの聖職者は、アラーが貴方々の勝利を願うと共に、イラクの聖職者の声に呼応して、貴方々が日本人を解放することを要請します。これらの日本人は、軍事行動に関わったことは一切なく、彼らの目的は純粋にメディアと人道援助です。
    3. 私達は、アラーがコーランで述べる「貧しい人々、孤児、囚人など必要な人々に食を与えよ」という言葉を尊びます。また預言者の伝統である「平和は貴方の上にある。他の人々に慈悲を施す者はアラーの慈悲を受けることができる」との言葉を重んじます。
    4. 貴方々が人質を解放することによって、全ての日本人の信頼を得ることを希望します。貴方々の偉大な行動は全世界から高く評価されるでしょう。貴方々は正しい目的を持っています。貴方々は信仰と原則と預言者モハメッドを信じる人々です。平和がモハメットの上にあるように、正しく、聡明で慈悲深い人々の上にももたらされますように。
    5. アラーの平和が貴方の上にもたらされますように。

    (仮約、アラビヤ語→英語→日本語)
    イスラム聖職者協会会長
    元宗教大臣
    ヨルダン大学イスラム研究学部長

    アル・キラニ

    <資料 2>

    イラク関連記事 見出し

    「イラクに戦争が戻ってきた今週」(「オブザーバー」英国、4月11日)

    「ファルージャとシーアの攻撃は(イラク戦争の)失敗も選択肢の一つになったことを我々に教えている」(共和党ブキャナン議員)

    外国人が 誘拐される中、イラクの戦斗は激化している(「ヨルダン・タイムス」4月10日」)
    アメリカはスンニ派とシーア派の共通の敵となった(「AP」4月9日)

    イラクに友達がいないアメリカ(「ヘラルド・トリビューン」米国、4月9日)

    (パレスチナ人は)アメリカに対して蜂起するようイラク人に呼びかけた(「AP」4月10日)

    ラフサンジャニ元イラン大統領は、(イラクのサドル師の軍が蜂起したことを称賛した。(「カリージ・タイムズ」、アラブ首長国連邦(UAE)4月10日)

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