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東北アジア青少年フォーラム祝辞2023年08月21日

MRA/IC東北アジア青少年フォーラム」(821日~ソウル)での私の祝辞の要旨を紹介させて頂きます。日中韓の大学生・大学院生約60人が参加しました。

日中韓青年による平和の文化作り」

世界はコロナの泥沼に陥ってきました。またウクライナを含む多くの国々で武力紛争が同時進行しています。「新しい冷戦」さらには「新しい戦前」さえ到来したとも言われています。

それゆえ、「世界の変化と持続可能な東北アジアの発展」というテーマは挑戦的なテーマです。平和的な環境がこの前提として必要です。しかし、東北アジアの政治的緊張が高まっています。それゆえ、青年同士の友情と信頼が不可欠です。

86日の広島被爆78周年平和記念式典で小学生二人が以下の「平和への誓い」を訴えました。「みなさんにとって『平和』とは何ですか。争いや戦争がないこと。差別をせず、違いを認め合うこと。悪口を言ったり、けんかをしたりせず、みんなが笑顔になれること。友だちのよいところを見つけること。みんなの笑顔のために自分の力を使うこと」。このフォーラム参加者の皆さんがこれを実行することを望みます。(写真1)

今日から3か月前、広島市のこの同じ場所で韓国の尹錫悦大統領は岸田文雄総理大臣とともに韓国人原爆犠牲者慰霊碑に献花しました。これが実現するのに78年がかかりました。(写真2)

MRA/ICは戦後の日韓両国の和解を支援しました。1957年にフィリピンのMRA会議に日本と韓国の代表団が一緒に参加しました。その一人が、ご主人が日本軍の拷問により身障者となった朴賢淑元厚生大臣でした。後に衆議院議長となった星島二郎議員と野党の加藤シズエ議員などが毎日のように韓国代表団に謝罪し、最終的に両国間の話しあいが始まりました。帰国後、両議員は岸信介首相が財産請求権を撤回して両国関係の改善に至る進言を行いました。(写真3)

私自身の体験を話させて下さい。私は大学卒業後MRAの国際親善使節Song of Asiaに参加しました。アジア・太平洋15か国50人の青年とともに2年間に14日か国を訪問しました。この使節を通して、私は第二次大戦の間に日本がアジアで行ったことに対していかに無知であったかを知りショックを受けました。それ以来私は、父の世代が行ったことに対してアジアの青年たちに詫びました。よりよい未来を築くためには過去を清算することが不可欠だと感じたからです。(写真4)

この経験は中国との懸け橋づくりに役立ちました。国会議員になった時に、鳩山由紀夫団長の民主党代表団による、中国大連で日本人残留孤児を育てた養父母のおばあさんの訪問を企画しました。鳩山さんはスイス・コーのMRA会議に参加したこともあり、後に首相に就任しました。私たちは敵国の子供を救ってくれたおばあさんの寛大な心に感謝を述べました。(写真5)

広島の原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」と記されています。英訳には「We」という主語があり、原爆を投下したアメリカと戦争を開始した日本を含む「全人類」を意味します。この言葉は1950年に浜井信三広島市長がスイス・コーのMRA世界大会に出席してドイツ人とフランス人と間の和解を目撃し、米国アーリントンの無名戦士の墓を訪問した結果決定したものです。(写真6)

本年86広島市の松井一實市長はインドのマハトマ・ガンジーの以下の言葉を引用しました。「非暴力は人間に与えられた最大の武器であり、人間が発明した最強の武器よりも強い力を持つ」。また「戦争を終結させるためには、世界中の為政者が、この言葉や国連総会が採択した『平和の文化に関する行動計画』を踏まえて行動すべきです」と述べました。(写真7)

私は、このフォーラムが広島の小学生が表現した平和の文化を創造することを確信しています。

77回目の終戦記念日815日、天皇陛下は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願います」とのお言葉を述べられました。

同じ日の光復節において、尹錫悦韓国大統領は「韓国と日本は普遍的な価値と共同の利益を追求するパートナーです。両国は未来志向的な協力・交流をしながら、世界の平和と繁栄に共に貢献できます」と述べました。

私は、日本、韓国、中国は未来志向的な協力・交流ができると強く信じます。

若い皆さんは、過去の束縛からは自由で、チェンジの活動家として行動できます。

フォーラムの成功と皆さんの偉大な未来をお祈りいたします。

カムサハムニダ、謝謝、有難うございます!