ブログ

「マスコミ市民」に「ミャンマー、カンボジアも忘れないで!」を寄稿2022年06月01日

「マスコミ市民」6月1日号に「ミャンマー、カンボジアも忘れないで!」を寄稿しました。
以下が主な内容です。
「日本人の心を開国したウクライナ」「自国民を殺害するミャンマー国軍」「国軍を追い込む世界的包囲網」
「国軍を利する日本の援助停止の好機」「カンボジアは政権交代前の政治クーデター」
「力による現状変更は国内でも許されない」「政治家も市民も命がけ」「他国民から支持される日本外交へ」

以下ご笑覧下さい。

「マスコミ市民」 6月1日号

「ミャンマー、カンボジアも忘れないで!」
                                 前参議院議員 藤田幸久

日本人の心を開国したウクライナ
ロシアのウクライナ侵攻は今世紀最大の世界的悲劇となったとともに、日本にも大きな転換をもたらしている。
日本外交は北方領土交渉やエネルギー供給も犠牲にしてロシア非難に舵を切った。またウクライナ避難民878人を受けいれ、1年間滞在できる特定活動の在留資格を445人に与えた。今後他の国からの難民認定も増やして、現在の47人を大幅に増やす流れである。私は1979年に相馬雪香さんを支援して日本初の難民支援NGO「難民を助ける会」の創設に関わった。相馬さんのテーマは「日本人の心の開国」であった。しかし、当時3人であった定住難民は43年間で44人しか増えていない。閉鎖的な日本政府と国民の心をウクライナ人の勇気と行動が開国してくれた。

自国民を殺害するミャンマー国軍
 しかし、ある意味でウクライナ以上に気の毒な国々が存在する。ミャンマーとカンボジアである。ミャンマーでは昨年2月の軍事クーデター以降の市民の死者は膨大で戦略政策研究所(ISP Myanmar)やRFAラジオは5600人を超えるとも伝えている。国内避難民と難民は約61万人(UNHCR)と言われる。ウクライナ市民の犠牲者2435人は敵国ロシア軍による殺害であるのに対し、ミャンマーでは同胞の国軍や警察による殺害であることが重大な違いである。アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が2020年11月の総選挙で大勝した結果を覆すクーデターである。これに対し市民は無抵抗主義のデモを全国で展開した。兵士や警官らの蛮行と抵抗の様子とが内外に動画配信された。軍はそれを脅威に感じて武力弾圧を激化させたのに対し、市民は不服従運動(CDM)で抵抗した。国鉄職員、医師、教員、税務署員などが職場を放棄し、納税拒否、電気料金支払い拒否などが広がった。NLD国会議員の大半は国外か国境地帯に潜伏し、107人の国会議員や地方議員が逮捕されている。

NLDは国民統一政府(NUG)を樹立し、日本を含む7か国に事務所を設置した。昨年5月には市民側が自己防衛のための人民防衛隊(PDF)を組織して反撃を開始した。国軍はPDFの強い少数民族地域や農村での攻撃を拡大し、即決殺人、無差別砲撃、焼打ち、拷問、レイプなどを行っている。国軍のミンアンフライン総司令官は3月27日の国軍記念日で「民主派を全滅させる」と豪語した。

国軍を追い込む世界的包囲網
 対ロシア国際包囲網が拡大し、ミャンマー国軍への包囲網も拡大している。クーデター直後茂木敏充外相がアウンサンスーチー氏らの釈放を求め、ODAの新規案件停止も宣言した。3月27日の欧米12カ国の軍トップによる「軍隊は自らの国民を害するのではなく保護する責任を有する」との声明に山崎幸二自衛隊統合幕僚長も名を連ねた。
しかし、クーデター当時ミンアンフライン総司令官と会談していた渡辺秀央日本ミャンマー協会会長の「軍とのパイプ」の誇示や丸山市郎日本大使による「静かな外交」宣言、防衛省によるミャンマー軍士官候補生4人の訓練受け入れなどが、日本は国軍寄りとの印象を内外に与えてきた。

他方、国会は昨年6月に衆参両院でミャンマーに対する国会決議を採択した。国軍に対しては民間人への残虐行為の即時停止やアウンサンスーチーさんらの即時解放を、日本政府に対しては民主的政治体制回復への外交を求めた。これを主導したのは超党派の「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」である。ミャンマー国民統一政府(NUG)とも会談し、日本政府に対して累次の要請を行ってきた。本年2月9日には超党派の衆参79人の国会議員と内外の諸団体による要望書を岸田文雄首相に提出した。ミャンマー国民統一政府(NUG)の早期承認と2020年の総選挙で勝利した民主政権への全権返還、ミャンマー人の難民認定と日本在留ミャンマー人の在留資格認定、国軍を利するODAの一時停止、国軍関係企業に対する日系企業の投資抑制とミャンマーから撤退する日本企業に対する補償などである。

こうした政策を支援する国際的な動きが加速している。米国バイデン大統領は5月12日からASEAN8か国首脳を招き特別首脳会談を開催したが、ミャンマー軍事政権代表だけは招かなかった。逆にウェンディ・シャーマン国務副長官が国民統一政府(NUG)のジンマーアウン外務大臣と会談し、NUG支持の姿勢を明確にした。

共同声明では「ASEAN議長国特使によるミャンマーの全ての当事者との接触を含む、ASEANの平和的解決努力に対する全面的支持」がうたわれ、議長国特使であるカンボジアのプラク・ソコン外相は数週間以内のミャンマー訪問を明らかにした。それに先立ちASEAN議長のカンボジアのフン・セン首相は軍事政権のミンアウンフライン総司令官に対し、特使とアウンサンスーチー氏との会談を認めるよう促した。

国軍を利する日本の援助停止の好機

私は日本のミャンマー援助に二つの局面で関係してきた。

1 北沢洋子さんの要請で「ジュ―ビリー2000債務帳消し運動」を支援する超党派議員グループを設立した私は、2000年5月にその代表として小渕恵三首相に要望書を提出した。小渕首相が脳梗塞で倒れる数日前だったが、日本政府の重債務貧困国(HIPCs)の債務帳消し政策の出発となった。
2 2012年4月最大の債権国日本は対ミャンマー3000億円の債務を免除した。残り1900億円は新たな借款と付け替えて返済を猶予した。当時は民主党政権で私は財務副大臣を務めていた。債権放棄は民主化の進展が前提条件で、ミャンマーが2011年に民政移管したことが決め手となった。以来ヤンゴン・マンダレー間の鉄道やヤンゴンの下水道などの大型インフラ事業などが始まった。累計で2兆円近い支援となった。
軍政はクーデターを起こして民主化という前提を放棄したわけで、日本政府には支援を見直す責任がある。
国連の「ミャンマー国軍の経済的利益についての報告書」などによると国軍傘下のミャンマー・エコノミック・ホールディングス・リミティッド(MEHL)とミャンマー経済公社(MEC)とその100以上の子会社は国内最大の収益を誇るが、その巨大収入の大半は政府予算には計上されずに、国軍の収入となっている。事業はルビーやヒスイの採掘、セメント製造、金融など多彩である。カンボジアで大量虐殺を行ったポル・ポト派が宝石や木材の伐採権を独占して戦費としていたのと同じ構造である。1993年の和平後サム・レンシー財務大臣(後のカンボジア救国党党首)は、軍や州知事が持っていた木材の徴税権を国の税収へと切り替える命がけの改革を断行した。

民主化以前の日本の債務帳消しと国軍との関係は木口由香メコン・ウオッチ事務局長が指摘している。債務帳消しによるモラルハザードを防ぐために、援助金は両国政府が合意した物品購入に限定し、ミャンマー政府は日本政府への報告義務を負っていた。しかし1995年から3年間の債務救済援助のうち、少なくても50億円が領収書のない使途不明金であった。また領収書はあるが約26億円が軍の収入源であるミャンマー木材公社の伐採用重機などの購入に充てられていた。昨年5月のG7外務大臣会合で茂木敏充外相は「開発援助が国軍主導の体制を支援することを防止」することを確認し「このままではODAが出せなくなる、とミャンマー側に伝えた」と述べた。しかし日本政府が停止した形跡は見えない。国民統一政府(SUG)ササ国際協力大臣は「日本のODAで建設した建物から国軍が国民を攻撃している」と指摘しているほどだ。
むしろイメージに敏感な日本企業のミャンマーからの撤退が先行している。国軍系企業(MEHL)との合弁企業からのキリンビールの撤退、イェタグン天然ガス採掘事業からの三菱商事とENEOSの撤退などである。最近の日系企業のミャンマー人社員へのアンケートで3割が日本からのODAの中止、6割が国軍系企業への資金停止を支持していることも無関係ではあるまい。

カンボジアは政権交代前の政治クーデター
ミャンマーの国軍が総選挙での大敗後にクーデターを起こしたのに対し、総選挙前に政治クーデターを企てたのがカンボジアのフン・セン首相である。カンボジア和平後の1993年の総選挙でラナリット殿下のフンシンペック党が第一党となると二人首相制を導入して権力を掌握。1997年の総選挙後にはそのラナリット首相をクーデターによって国外に追放した。その後国民的人気の高いサム・レンシーがケム・ソカとの連携によってカンボジア救国党(CNRP)を結成し、2013年の総選挙と2017年の地方選挙で投票総数のほぼ半分を獲得した。
すると、敗北が予想される2018年の総選挙を前にフン・セン首相は政治クーデターを挙行した。2017年9月にケム・ソカCNRP党首を国家反逆罪で逮捕し、次いで11月には最高裁が118人のCNRPの国会議員などの5年間の政治活動禁止を決定した。首相の意向で最高裁が国民に選ばれた国会議員の権限をはく奪することはクーデターである。さらに最高裁はCNRPに解党命令を出した。2018年総選挙は実質的にカンボジア人民党(CPP)のみによる単独選挙となり、CPPが125の全議席を独占した。これに対して、欧米諸国などは以下の強い制裁を課した他、日本政府もこの総選挙を正当と認めず、選挙監視団の派遣を見送った。
 2020年8月にEUは人権侵害を理由にカンボジアの衣料品や靴などの輸入を貿易優遇措置から除外した。昨年12月米国はカンボジアを武器禁輸国に認定してハイテク製品などの輸出禁止を決定した。

1985年以来37年間フン・セン首相は軍や警察などによる暗殺、投獄、追放といった手段を駆使して権力を維持してきたが、近年はSNSなどによる野党攻撃が目立つ。サム・レンシーはThe Geopolitics誌でその経緯を以下のように訴えている。フン・セン首相はCNRPの支援者である若い女性とCelebrity(有名人)というサイトに多額の資金を提供し野党攻撃を促した。フン・セン首相と女性とのLine上での約400回の交信がネットに流れ、それをサム・レンシーがフェースブックに掲載したところフン・セン首相から告発された。その告発がCNRP解党の口実に使われただけでなく、100万ドルの罰金刑が宣告され、プノンペンの彼の自宅が没収された。日本のLine社は是非交信が存在したという事実を認めて、自分を救ってほしいと懇願している。SNSを駆使したウクライナ作戦やトランプ大統領とツイッターとの関係と同様、Line社の対応はアジアの政治に大きく影響を及ぼす。
 カンボジアでは6月5日に地方選挙が行われるが、CNRPの前身であるキャンドル・ライト党(ロウソクの灯党)が急速に支援を増し、ほとんどの地域で候補者擁立のメドが立ったと言われる。
欧州議会は5月12日カンボジア政府に対し、6月の地方選挙と来年の総選挙に先立ち、政敵、労働組合員、人権擁護活動家、ジャーナリストへの迫害と脅迫の停止を求める決議を採択した。またカンボジア最高裁が2017年11月にカンボジア救国党(CNRP)を解党したことを非難し、CNRPのケム・ソカ党首、サム・レンシー元党首他に対する起訴の取り下げを求めている。

力による現状変更は国内でも許されない
岸田首相は3月カンボジアにおいて「世界中のどの地域においても、力による現状変更は認めない」と述べた。これはロシアや中国などによる「外からの現状変更」を想定したものではあるが、近年の世界各地における市民に対する様々な攻撃や弾圧などの状況に鑑み「国内での力による現状変更」も許さない政治認識が急速に高まっている。「ミャンマーにおける選挙後のクーデター」や「カンボジアにおける選挙前のクーデター」はその典型である。
3月に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、ミャンマー国軍による人道侵害を戦争人道犯罪として認定し、人口密集地での民間人を標的にした空爆や大型兵器による攻撃、恣意的な逮捕、拷問、人間の盾、焼死などを例示した。つまり、自国軍による自国民の武力弾圧を戦争人道犯罪と認定したのである。また本年1月米、英、カナダなどはアンサンスーチー氏訴追を決定した検事総長、最高裁判事、軍関係者などへの制裁を決定した。国内での力による現状変更も認めない法的裏づけである。
ウクライナ侵攻はロシアのプーチン大統領、カンボジアのフン・セン首相、ミャンマーの長期軍政、北朝鮮の金正恩総書記など個人的独裁の危険性も浮き彫りにした。個人的独裁は内外に力の変更を強い、広範な地域を巻き込む危険性があり、看過できない。

政治家も市民も命がけ
 上記の政治認識が高まってきたのは、ウクライナ、ミャンマー、カンボジアなどで市民も政治家も命がけで闘っているからである。強大なロシアとの闘いに一歩も引かぬウクライナ市民、強大で残忍な軍や警察などと闘い続けるミャンマーやカンボジアの市民には心から頭が下がる。他方カンボジアやミャンマーの政治家や活動家であつた私の友人数名がこの20年余りで命を奪われている。カンボジアのサム・レンシー自身が幾度となく暗殺の危機を逃れ、彼を襲ったカンボジア人にフランス政府が逮捕状を出したほどである。ウクライナ女性議員が銃を持ってキーウに残った映像も鮮烈的だ。私が国会議員として身の危険を感じたのは2度しかない。命がけで闘うこれらの市民や政治家を支援しなければならないと自分に言い聞かせている。

他国民から支持される日本外交へ

5月19日NHKはミャンマー国軍の農村部での民間人殺害急増を報じた。「日本が欧米などと自由と民主主義を主張している中で、軍に蹂躙されるミャンマーを放置することは許されない。欧米がウクライナに没頭している今、日本の関りが求められている」と結んだ。

ウクライナ侵攻は日本が政策転換ができる環境を作った。「独裁政権を追い込むと、より中国に傾斜する」との口実ももはや通用しない。ミャンマーに対しては、2月9日の「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」による岸田首相への要望(59ページ)を実行することに尽きる。カンボジアに対してはEU議会などが求めている項目の実行である。これらを実行することがウクライナ支援とロシア制裁を行ってきた岸田外交と整合性を持つ。こうして他国の国民から真の信頼を得ることこそが日本の最大の安全保障でもある。