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細野豪志大臣を迎え国政報告会を日立で開催2012年09月10日

藤田幸久国政報告会が9月8日、日立市のホテル天地閣で開催され、細野豪志 環境・原発事故担当大臣が講演しました。藤田幸久ふるさと会(世話人:今橋孝行、佐藤惣一、沼田誉一)の主催によるもので、250人程が出席しました。

 

福島での公務もあり、かつ、前日まで、民主党代表選挙の有力候補として、党内からの幅広い待望論もあっただけに出席が危ぶまれましたが、「約束」を守って、30分ほど駆けつけてくれました。

そのため、第一部の開式を10分早め、私が細野大臣を紹介し、その後早速、「福島の再生と原発事故収束への取り組み」というテーマで講演を行って頂きました。   

 

細野さんはまず、民主党代表選の立候補を見送った理由について、「41歳で12年間の国会議員経験しかない自分が代表になることは通常なら考えられないが、それだけ民主党が厳しい状況にある。福島は日々判断しなければならないことがあり、それに応えるのが私の役割。除染などの課題を一つ一つ前進させることで、政治の信頼を取り戻したい」と語りました。また、「原発を減らすという方向性は出ているが、国家が前面に立って原子力の人材育成をして技術を残さなければ、廃炉を実現することもできない。原子力(発電)は減らすが、原子力技術はしっかりと残していかなければならない。茨城県のような原子力の人材を育ててきた地域が、これからも重要性を失うことはない」と述べました。

 

続く来賓挨拶では、まず出席した高萩市の草間市長、東海村の村上村長を代表して、吉成明日立市長が挨拶し、6号バイパスの南進などに対する国の予算措置へのお礼を述べられました。続いて出席県議会議員を代表して、長谷川修平県議会議員が挨拶し、月のつくば市などにおける竜巻による、がれき処理に対する国の予算措置と国家公務員宿舎の提供の私の取り組みについて紹介がありました。青山哲也連合茨城県北地協議長からは、来年の参議院選挙における私に対する支援の言葉を頂きました。原中勝征日本医師会前会長は、3年前の政権交代への茨城県医師会の支援と意義を熱く語られると同時に、細野大

臣に、原中会長の出身地である福島県浪江町の馬場町長に是非会うように進言してきたが、それが本日実現することを喜んでおられました。続いて、大畠章宏前国土交通大臣が、東日本大震災後の大臣としての取り組みについて報告しました。尋常ではない災害に際し、予算のことよりも,人命最優先で救出にあたるように国土交通省の職員に指示したこと、地方の国土交通省の出先事務所に対して、国の唯一の機関として、他省庁管轄の仕事であっても、被災者のニーズは全て引き受けて他省庁につなぐことを指示したことなど、生々しい報告を披露しました。

 

最後に私が講演させて頂きました。

先ず、特例公債法案が廃案になったため、歳出抑制が余儀なくされますが、できるだけ市民生活に影響がでないように進めていきたいと、お詫びとご理解をお願いしました。そして、102兆円とも予想される来年度予算の概算要求については、これまでになく厳しく省庁間の重複にメスを入れ、長年実績のない要望に対しては停止や削減なども行い財源を捻出する。そしてその浮かした財源を成長戦略の柱である、エネルギー、環境、医療、農業、中小企業対策に思い切って予算を振り向ける作業を進めていることを報告しました。

 

次に、私の父、藤田浩蔵のことをお話ししました。1950年の日立大争議の時に、日立工場の営繕課長として工場建設などを担当していた父は、当時強行であった労働組合の攻勢に対し、駒井工場長(後の社長)を守って工場本館に立て篭もり、地元の建設業者の支援を受けて工場を守り通したとのこと。その後組合の執行部も代わり、労使の信頼関係も築かれ、高度成長への道を歩むことになったとのこと。父は各地の工場や小平記念館、小平会館などの建設を担当したが、本社のトップが大手ゼネコンを使うべきとの意見を述べても、大争議でお世話になった地元の建設業者を使うように主張して支援したとのこと。そして、父は日立の部長職を兼務しながら市議会議員を3期務め、日立港の建設などを手がけたとことを紹介しました。

 

私は、こうして父が大企業と街場との間を結んで活動したように、日立の交通渋滞問題なども含めてお役に立っていきたいという決意を申し上げました。それが、私と妻玲子を生み、育ててくれた日立市への恩返しであり、そのためにも、来年の参議院選挙で再び国政に送って頂きたいと、お願いしました。

 

第二部の懇親会では、高校の先輩でもあり、義母の友人でもある鈴木一良鈴縫工業社長と日立医師会星野寿男会長からご挨拶を頂き、斎藤英彰県会議員が乾杯の音頭を取ってくださいました。

 

最後に、中学、高校、大学を通しての友人である照山次男さんが中締めの挨拶をして下さいました。

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