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  • 【2016年5月24日】

     オバマ米大統領が27日に広島を訪問する際、第二次世界大戦中の元米兵捕虜も同行することが決まりました。「ダニエル・クローリーさん(94)。フィリピンで旧日本軍の捕虜となり、パラワン島で飛行場建設の作業を素手で行うように強いられた。その後、栃木県足尾の銅山などで強制労働をさせられた。」と報道されましたが、足尾銅山に行く前に、日立市の日立鉱山でも作業に従事したことがあり、私のライフワークでもある元捕虜の招聘事業で来日した2年前に日立鉱山に同行しました。以下がその報告です。

    『アメリカの元捕虜のダニエル・クローリーさん夫妻の元日立鉱山訪問に同行』(【2014年10月16日】)
     アメリカの元捕虜のダニエル・クローリーさん(92歳)夫妻が、日立市の元日立鉱山を訪れることになり、私も同行しました。
     1941年彼はフィリピンのバターン半島戦に送られ、後にコレヒドール島の陥落によって日本軍の捕虜となりました。彼はコレヒドール島からカバナツアンの捕虜収容所までの「死の行進」に参加し、水、食糧、医療不足から約3000人が死亡しました。彼は、日本兵に棒で肩をたたかれて肩の骨を折られましたが、そのおかげで、後のパラワンの虐殺事件に巻き込まれずに生き延びました。
     そして、1944年に地獄船と呼ばれた「タイコク丸」で日本に移送され、約300人の捕虜と共に、日立鉱山で働いた後、栃木県足尾の東京第9分所に送られ、終戦まで古河鉱業(現・古河グループ)の銅山で働きました。
     彼らは鉱山の坑内や工場で働き、採掘班や掘削班などの過酷な労働を強いられました。
     今日は、JX日鉱日石金属日立事業所の小松崎副所長、田代総務課長、日鉱記念館の木村事務局長が、日鉱記念館や昔の縦鉱、鉱山資料館などを案内をしてくれました。
     クローリーさんは、「ダイナマイトによる掘削作業などに従事した」と69年ぶりに当時を振り返り、「憲兵隊は捕虜を殴り殺してしまうほどにひどい仕打ちをしたが、鉱山の社員は捕虜に親切にしてくれた。憲兵隊が近づいてくると、一生懸命働いているふりをしろとアドバイスしてくれた。自分の弁当を分けてくれる人もいた」と語ってくれました。 そして、「戦争を起こすのは色々な国々の悪い政治家たちだ」と語るとともに、こうして来日でき、地元の皆さんの歓待を受けて幸せですと語って下さいました。
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